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総合政策学部 総合政策学科

震災から8年、30歳と10歳

2019.4.15
総合政策学部准教授 馬内里美


 3月11日も間近な頃、ある卒業生の写真をフェイスブックに見つけた。家族写真だ。そして気がついた。あの学年の卒業生は30歳なのだ、と。卒業式のなかった学年。私のゼミでは、珍しく男女混合だったためか、活発なゼミだった。1月に卒論発表会で合宿し、2月末には食事会もしたが、学位記授与式で会うことはなくなってしまった。これを機にメールを出してみた。もうアドレスも変わって届かないかもしれない、と思ったが、2人以外には届き、届いた卒業生からは返事が来た。みんな元気そうで良かった。
 学位記授与式後の週末、みやぎ生協企画の「親子で学ぼう、被災地スタティーツアー」に参加した。行ったことのない南三陸町だ。その町を舞台としたドキュメンタリー映画を見たところで、大人のみの参加も可能なので、申し込んだ。参加してみると、子どもが4,5人で、参加者の大半は子供が成人している世代だった。募集パンフレットには、「当時、こどもたちが避難した道を歩いてみよう!」、「漁師さんと船に乗ってみよう!」と書かれているが、風が強く、残念ながら船を出すことはできなかった。牡蠣生産者さんの、震災後の復興過程、生産や出荷などのお話を伺い、生牡蠣を試食させていただき、大人は満足した。語り部の方のお話も興味深かったが、多数参加している大人向けの話だった。また、避難した道を歩くかわりに、見晴らしの良い小さな人工の丘と海産物店に行った。
 復興は、これからの時代を担う若い人や子どもたちのためのものでもある。若い人のお店ががんばり、若い人も来る復興商店街であってほしい。商店街に震災を記録した写真を展示している写真店がある。津波に飲み込まれる街の写真の迫力に息をのんだが、店を出るころ、振袖姿で写真を撮りに来た若い女性と家族が来た。地元の方が利用しているのを見て嬉しかった。
 ツアーに参加した子どもたちは10歳前後くらいだったと思う。震災当時何歳だったのか。逆に何歳の子どもたちが震災を記憶しているのか考えてみると、当時3歳未満だと記憶はないだろう。つまり8年後の3月に10歳の児童は震災の記憶がないのではないだろうか。すなわち新5年生の児童は記憶がない。6年生のなかには震災の何かを記憶している児童もいるだろうが、共通の経験ではなくなっているのだ。震災の記憶を共有できる最後の学年は中学生になり、小学生は記憶がない、または震災時に生まれていないのである。
8年とはそういう歳月なのだ。