Category Archives: 学外授業・調査

授業風景②「グリーンツーリズム論」

国見から八幡への水路(みずみち)をたどり、八幡町に暮らす人々の日常生活を支えながら水辺の憩いやうるおいをもたらしていた往時の四ツ谷用水に思いを馳せる。

“Walden”を地元Concordの自然環境を保全する象徴的存在と考えていたソローは、それを水源とする水道敷設の試みに対する怒りを顕わにしている。(The villagers) “are thinking to bring its water, which should be as sacred as the Ganges at least, to the village in a pipe, to wash their dishes with ! ”(村で暮らす連中たちは、その(ウォールデンの)ガンジスのように聖なる水を導水管で村に引こうと考えている!)

かつて敷地内の井戸や溜池あるいは近隣の谷川の水を利用していたはずの国見地区の現在の水源が七ヶ宿ダムであることを知ったのは東日本大震災の時だった。ソローならいざ知らず、蛇口を捻るだけで容易に水が得られることに慣れ親しんでいる現代人にそれを批判することなどできようはずはないが、かかる近代的水道システムと四ツ谷用水の通水復活は両立しえないものとはいえないだろう。

川村孫兵衛(基本設計)や宇津志惣兵衛(御普請奉行)らの尽力によって竣工に到った江戸時代初期から1960年頃まで、国見の下流域に位置する八幡町界隈に暮らす人々は、その恩恵の一部を四ツ谷用水から享受していた。仙台城下の暮らしに不可欠な生活・消防および農業用水を供給していた水源の森に位置する大学で学ぶ私たちが水路(みずみち)の遺構にふれ、その歴史を知ろうとするのはごく自然なことだろう。里山を流れ落ちる水路をたどった前回の授業を承け、今回の授業では里山活用計画の一つとして挙げられた“Kunimi-Hachiman Walking rally” におけるポイント地点候補の現況を確認しながら、四ツ谷用水の痕跡を水平方向に移動することにした。

1.四ツ谷用水消火システムの主要貯水池としての疱瘡神堤跡・八幡池堤跡
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2.生活用水としての利用実態を想像させる洗場遺構(覚性院丁通)
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3.四ツ谷用水本流跡に残る数多くの橋梁群(土橋通~八幡神社)
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4.春日神社に奉納された今野氏による往時の四ツ谷用水絵図(春日神社周辺)
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やくらいリゾート(加美町)での夏期ゼミ合宿

秡川ゼミは、現代社会が直面している環境問題について「食と農」という原点から考えようとしている。当然のことではあるが、「生きている」自然を相手にする農業を坐学だけで学んでも意味はない。
持続可能な未来の地域社会を担う能力と人間性の向上を目指すゼミ生たちは、春夏の季節を輪読による専門的知識の習得に充て、里山が紅葉する秋からは多面的な社会問題を話題にして対話(dialogue)形式によるコミュニケーション能力の鍛錬を図っている。夏合宿は両者の境界(border)に位置する、知力・体力・精神力の実践的養成コースである。ちなみに、今年のテーマは「加美町で農村地域資源の活用法を学ぶ」であった。

合宿日程(平成28年8月29~30日)が台風10号の接近と重なったにもかかわらず、岩手県や福島県から駆けつけた学生も含めて全員が集合時間前に加美町に到着し、一人の遅刻者もなかった。迷走台風の接近にともない風雨が強まる中、討議を重ねて自分たちで作成した計画に従い、悪天候を気にする様子も見せずに迫る困難を次々に歓喜へと変換していく彼らの姿には学内とは別の一面が感じられた。ちなみに、今回の合宿での訪問先は、①加美町営薬莱原放牧場、②やくらいリゾート、③荒沢自然館、④大滝農村公園、⑤酪農家の早坂さん、⑥やくらいコテージ、⑦薬師の湯であった。

初めに訪れた「町営薬莱原放牧場」では肉牛・乳牛に分割された2棟の畜舎で空腹時には飼料を食べ、満腹になれば畜舎につながる広い放牧場でくつろぐ牛たちを見せていただき、役場職員の方からの丁寧な説明を受ける機会にも恵まれた。時間を忘れて放牧場の見学を楽しんでいる間にお昼の時間になり、「やくらいリゾート」で盛り沢山のメニューの中からそれぞれに好みのランチやジェラートを堪能した。
その後、「荒沢自然館」に移動し、素敵な音色の「避熊鈴」(くまよけのすず)を鳴り響かせる管理人さんの案内で自生植物の名称を教えていただいたり、熊の爪跡が残る木々を眺めたりしながら田谷地沼畔を散策した。さらに、近くの「大滝農村公園」に移動して豪快に流れ落ちる大滝を観賞した。
コテージのチェックインを済ませるために一度「やくらいリゾート」に戻り、コテージで一休みした後、夕刻の搾乳時に合わせて酪農家の早坂さんのお宅を訪問し、搾乳機器の仕組みや搾乳方法について詳細な説明を受けてから実際に搾乳を体験させていただいた。「やくらいコテージ」での晩餐は地元の方から提供された高級牛肉を使ったBBQで大いに盛り上がった。途中で「薬師の湯」での入浴休憩を楽しみ、コテージに戻って夜間ゼミを再開講したが、アメリカ大統領選の行方から授業価値の鑑定まで話しは尽きず台風情報を聴きながら翌朝までの徹底討論となった。(集合写真は「薬莱原放牧場」と「荒沢自然館」で撮影したものである)

帰仙後に提出してもらった合宿報告書がいま私の手元にある。その中には、ゼミ合宿を支えてくれた加美町役場を始めとする地域の方々の心遣いに対する感謝の気持ちがさまざまな表現で綴られており、改めてゼミ生たちの成長にふれることができたような思いがしている。報告書の中には、「牛を育てる」という高齢者の生きがいを支援することで公共牧場(薬莱原放牧場)が上勝町の提唱する「産業型福祉」へと移行しうる可能性を秘めている点について論じたものや、これまで見ることのできなかった世界を見るという経験(都市居住者の自分には縁遠い世界であった畜産の現場を見たという経験)が就活への自信と意欲を生み出したことを述べたものなどもあり、私自身にとっても「教育の質」を確保するための方法について反省し、考えさせられる良い機会となった。(秡川 信弘)

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加美町営薬莱原放牧場
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荒沢自然館

ケアンズ便りNo.6 帰国のご報告

お世話になっております。
先程、全員が無事に成田に到着致しました。これから各自荷物を受け取り、それぞれの自宅に戻る予定です。
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研修間いろいろご支援頂きありがとうございました。11日朝に帰国のご挨拶に伺います。
とりあえず帰国のご報告まで。

北山玲子

ケアンズ便りNo.5

お世話になっております。
土日をはさみ、お休みしていたケアンズ便りを齊藤がご報告いたします。
長文になりますので、お時間のあるときにお読み下さい。

さて、ケアンズ便りNo.4にて「これから学長先生主催のディナーです」との報告をいたしました通り、4日金曜日の夕食は美味しいお料理を堪能させていただきました。
皆、バッチリとオシャレをして会場に集合し、ワクワクしながら席につきました。
Bushfireというシュラスコのお店でしたので、目の前でお肉がカットされ、好きなだけいただくことが出来ます。
ポークにチキン、ビーフにラム、ウインナー、パイナップルと次々出てくるお肉を学生さん(すみません、教員もです…)は思う存分堪能しました。
極めつけはカンガルー肉!!ちょっと驚きましたが、おいしく頂くことができました。
学長先生、本当にありがとうございました。
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また、ディナーの席では参加者の内3月生まれの学生さんと浦沢先生へサプライズでお誕生日祝いをしました。
こっそり皆で寄せ書きしたメッセージカードを作成していたのですが、
更に一部の学生さんが自ら浦沢先生へプレゼントを用意していたことには驚かされました。
この研修で本当にお世話になっていることを学生が実感していたのでしょう。

帰りは夜遅くになるため、ホストファミリーのお迎えのない学生さんは
近場の学生さん同士でタクシーへ分乗し帰宅となりました。

翌日の5日土曜日は、グリーン島ツアーでした。しかし、朝から生憎の雨・・・
集合した時は小雨程度でしたが、グリーン島までの船の間は大雨、到着してからも降ったりやんだりと雨は続きました。
学生さんはどうせ濡れるからと雨も構わず海に入り、綺麗な色のお魚さんだけでなく、亀やタコも見つけて楽しんでいました。
とはいえ、やはり晴れたグリーン島と海を見たい!!というのが皆の本音・・・
なんと、その祈りが届いたのか、13時頃からさっきまでの雨がウソのような晴れ!絶好の海水浴日和に、不肖齊藤も海で泳がせていただきました。
雨のグリーン島と晴れのグリーン島、両方を見ることが出来たのはある意味貴重だったのかもしれません。

6日の日曜日は、それぞれが思い思いの過ごし方をしました。
予定のない学生のため、「教員3人とのワクワクドキドキお茶会」も企画していたのですが、学生さんにフラレてしまいました。
街中をぶらぶらしてみましたが、やっぱり学生さんには会えず。
翌日皆に聞いてみると、友人同士でキュランダ高原へ行ったり、ホストファミリーのためにお料理をしたり、ホストファミリーと遊びに行ったりと、皆充実した一日を過ごしたようです。

7日月曜日は、午前中にいつも通りのレッスンを行い、午後はこれまでに学んだことを活かして各自プレゼンテーションを行いました。
学生には研修中、「施設起業」「社内起業」のいずれかを選択し、オーストラリアの施設やショップなどから学んだことを活かしてどんな起業をするかという課題が出されており、ペーパーの提出とそれに基づいたプレゼンテーションが行われたのでした。
ユニークなアイデアがあったり、ペーパーの出来は良くないのですがプレゼンはとても良かったりと、学生それぞれの頑張りが現れていました。
当初、ペーパーの内容を元に「増井賞」「北山賞」「齊藤賞」の授賞を考えておりましたが、急遽、「プレゼンがんばったで賞」を新たに設け、ささやかな記念品を送ることとなりました。

本日8日はケアンズで1日を過ごす最終日です。登校した学生さんは疲れからか寂しさからか、いつもより静かです。11時から修了式が行われました。
一人一人に修了証が渡され、学生さんはとてもうれしそうにしていました。
その後、昨日のプレゼンの表彰を行い、修了式は無事終了・・・しましたが、その後は別れを惜しんで、TAFEの先生方との撮影会がしばらく続きました。
本当に充実した日々を過ごしていたんだな〜と、改めて実感したところでした。
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午後はビーチへ移動し、現地校TAFEの先生によるBBQランチとなります。

この間、ホストファミリーへうまく連絡が取れなかったり、携帯が水没したりと細々とした事件は色々とありましたが、無事こちらでの行程を終え、明日は帰国の途へつけそうです。

ケアンズからの便りはこれが最後となります。
帰国後、成田より到着のメールをいたします。

齊藤隆之

ケアンズ便りNo.4

おはようございます。
昨日は終日様々なことがあり、ちょっと遅れてのケアンズ便りを増井がご報告いたします。

3/3は学生達が最も盛り上がる小学校訪問でした。到着早々、各グループごとに教室に案内されて、すぐにアクティビティを披露しました。教室で「おはしリレー」や「フォトフレーム」作りをしたり、屋外で「靴飛ばし」、「尻尾とり」をして、子供達と交流しました。特に、屋外グループは蒸し暑い中本気で走り回り、全身汗だくになって子供達とゲームを楽しみました。よほど楽しかったのか、子供達が興奮しすぎて、担任の先生が何度もたしなめることがありました。休み時間になると、学生達はたくさんの子供に囲まれ、折り紙や日本語レッスンで盛り上がっていました。なかには学生に何度もハグを求めてくる子供もいて、心から私たちの訪問を楽しみにしてくれていたようです。

授業終了後、皆で集合写真を撮る際にこんなことがありました。2人の生徒が佐々木綾さんの隣で写真に写りたかったらしく、そばから離れようとしないので、担任の先生に注意されました。その生徒達は悲しそうな表情で仕方なく中央列に移動したのですが、なんだかとっても微笑ましい光景で、個人的にはちょっとウルウルする瞬間でした。きっと、どの学生も子供達との別れが名残惜しかったことと思います。

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午後はケアンズトロピカル動物園に行きました。ほとんどの学生がコアラを抱っこして記念撮影を行い、勇気のある学生はワニ、ヘビとも写真をとりました(ヘビは大の苦手なので、撮影は斎藤先生にお任せしました!)あとは自由に園内を見て回り、皆で市バスに乗ってケアンズシティまで戻りました。そのあと、ちょっとヒヤヒヤすることが起きたのですが、今となっては笑い話ですのでこれはまたの機会にご報告いたします。

今晩はいよいよ学長主催のディナーです。すでにドレスアップして登校してきた学生もいて、皆楽しみにしているようです。引率教員も今晩は少しおしゃれをして、美味しい料理を堪能させていただきます。

以上、本日の報告でした。

増井 三千代

ケアンズ便りNo.3

お世話になっております。
本日はGEPメンバーの齊藤よりご報告いたします。

ケアンズでの3日目、こちらは安定の猛暑です!
現地の先生によると、オーストラリアは秋に近い時期で、
これでも過ごしやすくなったそうです…

さて、学生も通学は慣れたもので、全員がしっかりと時間通りに集合しました。
「五ヶ所も蚊に刺された」と騒いでいる学生や夕飯のカレーが口に合わなかったと、
がっかりしている学生の報告を聞き、「元気だな〜」とむしろ安心した次第です。
昨日腰を痛めた学生も、コルセットと痛み止めを入手できたようで、元気に登校いたしました。
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本日は高齢者施設を訪問し、今回の行程で初のアクティビティを行いました。
朝一の英語のレッスンの時間を使って最後の準備を進めていきます…が…
出発の直前までなかなか準備が整わず、少々ハラハラさせられます…
しかし!そこは本番に強い(?)学生たちですので、それぞれの用意したアクティビティを
しっかりとやり遂げました。途中、必要なペンを用意し忘れたグループへ他のグループの
学生がすかさず貸したり、人手の足りないところへ加わったりと、グループを超えた
助け合いも見られ、参加している学生全体の一体感も高まってきたようです。
また、学生はアクティビティを通して本当に積極的に利用者の方々とコミュニケーションを
取っており、こちらに来てからの成長に驚かされています。

アクティビティの終了後は、近くのショッピングモールへ行き、そこで解散となりました。
買い物を楽しむ学生やすぐに街中へ向かう学生など、それぞれ思い思いの過ごし方をしたようです。
「あと一週間しかない」と話していた学生がおりましたが、まだまだ色々やりたいことや行きたいところもあるのでしょう。

明日は、小学校でのアクティビティです!
また学生の成長が見られると思うとワクワクしてきます!
その様子は、ケアンズ便りNo.4をお待ちください。

それでは、本日の報告は以上となります。

齊藤

ケアンズ便りNo.2

お世話になっております。
本日はGEPメンバーの北山からご報告いたします。

ケアンズ2日目、学生たちはそれぞれの方法(バス、徒歩、ホストファミリーの送り)で無事にそして元気に登校しました。最初の難関をクリアし、まずは一安心です。

英語レッスンも2日目となり、学生たちもだいぶ慣れたようで明るく賑やかな声が廊下まで響いていました。午前中に腰痛を訴えた学生が1名おりましたが、スタッフルームのベッドでしばらく休ませてもらい少し痛みが和らいだようです。引き続きあすも経過を観察していきます。同グループの学生達が心配し、寄せ書きをして励ましたりして…。学内では今一つだったチームワークも徐々に醸成されつつあるようです。
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明日はケア施設や小学校でのアクティビティが予定されています。ネイティヴの先生にアドバイスをうけながら皆で一生懸命練習していました。明日が楽しみです。

仙台は春の大雪に見舞われたとか、大学構内も雪で大変だろうと心配しています。
ケアンズは今日も強い陽射しが降り注いでいますが、皆元気に頑張っております。

また明日もケアンズ便りをお送りします。

北山玲子

ケアンズ便りNo.1

土屋 滋 学長
GEP運営委員各位

お世話になっております。GEPの増井です。

本日、予定通り4:40 a.m.にケアンズに到着いたしました。出国直前に搭乗券を誤ってゴミ箱に捨てた学生(最終的に見つかりました)やリチウム電池をスーツケースに入れたままにして呼び出しアナウンスを受けた学生など、少し肝を冷やしましたが、皆元気に過ごしております。
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学生たちは寝不足のままレベル分け試験を受けて、現在各クラスで英語レッスンを受けています。この後、各自バスや徒歩でホームステイ先に戻ります。最初の大きな難関となりますが、自分の力でなんとか乗り切って欲しいところです。

まだまだお伝えしたいことはあるのですが、今日は到着の報告だけで失礼させていただきます。また「ケアンズ便り」を配信いたします。

増井 三千代

志賀野ゼミ学外授業「被災地・石巻の今を訪ねる」

学外授業記録

テーマ「被災地・石巻の今を訪ねる」

志賀野ゼミ2014年5月28日学外授業より。(ゼミ生16名:3年生6名、4年生10名が参加。)
詳細は添付ファイル「sikano PDF」を参照)

東日本大震災を経験した石巻を、震災前の状況に戻すのではなく、 新しいまちへとバージョンアップさせるために2011年6月にISHINOMAKI 2.0が設立されました。地元の若い商店主やNPO職員をはじめ、建築家、まちづくり研究者、広告クリエイター、Webディレクター、学生など様々な職能を持つ専門家が集まっています。ゼミでは、この興味深い活動に着目し、震災後の多種多様なプロジェクトを法人の齋藤誠太郎さんに説明していただきました。

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■「ビジネスカフェIRORI」にての一般社団法人ISHINOMAKI 2.0齋藤さんの説明を聞くゼミ生。

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■津波の地目跡が残るアーケードとマンガのミュージアム「石ノ森漫画館」。

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■熱心に見学するゼミ生。被災した中洲と漫画館遠景。

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真に“輝ける者”になれるか!
■伊藤嘉英(いとうよしひで)作「輝く人」高さ9.0m。  
石巻出身の彫刻家が創った作品で、神戸ビエンナーレ2013の特別賞受賞作品。2015年3月まで石巻に貸し出された。

詳細は添付ファイル「被災地・石巻の今を訪ねる」を参照 (「sikano PDF」を一回クリックすると単独表示することができます。)

学外研修:飯笹ゼミ

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富士山の世界遺産登録が話題となるなか、飯笹ゼミ生一同、私たちの大学から最も近い世界遺産、「平泉」(2011年6月に登録)の視察を行いました。

◇日時:2013年6月13日

◇目的:世界遺産登録による影響等の調査

◇参加者:東北文化学園大学総合政策学部総合政策学科3年生9名

(引率:飯笹佐代子)

◇移動先:岩手県南西部(毛越寺、中尊寺)

◇移動:東北文化学園バス

◎ゼミ生の声

・今回初めて平泉に行って世界遺産に触れることができました。毛越寺と中尊寺に行った中でとくに印象に残っているのが金色堂であの時代にこれだけの建物を造って残せるのが本当に素晴らしいと思いました。自然豊かでありそのままの情景が広がっていて癒されるようなそんな感じのする世界遺産でした。(藤倉裕子)

・中尊寺金色堂は名前の通り全体が金で覆われており、神々しい印象を受けた。マルコポーロの当方見聞録で伝えられた「黄金の国ジパング」は金色堂をモデルにしているという説も納得できる。今回の研修を機に世界遺産に興味を持ったと同時に当時の歴史的背景にも関心を持つことができてよかった。実りある研修になって良かった。(今野智喜)

・私の実家は岩手県の盛岡市にあり、平泉も授業で出てきていたので知ってはいたのですが一度も行ったことがありませんでした。登録されてからは白神山地と並び「東北二代世界遺産」とも呼ばれているのを知り興味はあったので良い機会になりました。白神山地の十二湖も久しぶりに行ってみたいと思います(吉田亜純)

・平泉にある世界遺産を見るのは今回が初めてだったので、中尊寺の金色堂や毛越寺の浄土庭園などを実際に自分の目で見て世界遺産を体感することができて良かったです。それに現地では移動手段が徒歩だったこともあり周辺地域の町並みなども見ることが出来て良かったです。(遠藤勇眞)

・世界遺産に認定され多くの外客が来る中で様々な問題があるのではないかと思っていたが、実際に行ってみるとあまりそのような問題は見受けられなかった。周りの環境と遺産を大切にしていかなければならないと改めて思った。(土井遥菜)

・今回は、学外研修ということで、世界遺産に登録された岩手県の平泉を視察しました。そこで、毛越寺、中尊寺と見て回りましたが、とても歴史が深く、その時代の雰囲気などが伝わりました。特に、平安時代に奥州藤原氏によって建立された金色堂が印象深かったです。普段の生活ではあまり見る機会のないものが学外研修を通して体験できたので、とても貴重な時間でした。(遊佐繁則)

中尊寺や毛越寺、それぞれの魅力はテレビやインターネットなどのメディアを通してある程度感じ取れるだろうが、建物、街路樹、道路のデザインの統一感が創り出す情緒的な雰囲気は実際に平泉を訪れなければ気が付かなかった。パンフレットには載らないような隠れた魅力に感激した。(今野龍景)

解説編

◎平泉町とは

 平泉町は、岩手県の南部に位置し、東は一関市東山町に、北は奥州市前沢区、衣川区、南は一関市に接し、自然環境や歴史的資源に恵まれた町です。2011年3月の東日本大震災の影響により、同年の春は観光客が激減しましたが、6月に「平泉の文化遺産」が世界遺産に登録されたことを契機に観光客は増加に転じ、夏以降は前年を上回る状況が続きました。国内はもとより、世界中から多くの外国人観光客が訪れるような国際観光地になることが期待されています。「世界遺産登録効果」を一過性のブームに終わらせることなく、いかに持続させていくのか――東北の復興を考える上でも重要な課題です。

◎世界遺産とは

 世界遺産(せかいいさん)とは、1972年のユネスコ総会で採択された「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」(世界遺産条約)に基づいて、世界遺産リストに登録された遺跡や景観そして自然など、人類が共有すべき普遍的な価値をもつものを指します。以下の3つの種類があります・
・文化遺産-すぐれた普遍的価値をもつ建築物や遺跡など。
・自然遺産-すぐれた価値をもつ地形や生物、景観などをもつ地域。
・複合遺産-文化と自然の両方を兼ね備えるもの。

平泉-仏国土(浄土)を 表す建築・庭園及び考古学的遺跡群-は東北地方初となる世界文化遺産に登録されました。

◎中尊寺について

中尊寺は11世紀後半に東北地方で続いた戦乱での戦没者の霊を敵味方関係なく慰め、辺境を意味する「みちのく」と呼ばれてきた東北地方に仏国土をつくるために建立されました。

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・金色堂は天保元年(1124年)の造立で現存する唯一の創建遺構です。ご本尊は阿弥陀如来、脇侍に観音・勢至菩薩、さらに六体の地蔵菩薩と持国天・増長天が本尊を取り巻いており、堂全体は金箔で覆われており皆金色の極楽浄土を現世に表しています。内陣には螺鈿細工・蒔絵などの漆工芸や精巧な彫金で荘厳され、平安仏教美術の最高峰をなしています。堂内中央の須弥壇の内に初代清衡公、左の壇に二代基衡公、右の壇に三代秀衡公のご遺体と四代泰衡公の首級が納められています。

・本堂は中尊寺の根本道場で、ご本尊は丈六の釈迦如来。藤原四衛公の御月忌、天台宗の祖師忌、法華経一日頓写経絵を始めとする法要儀式が行われます。内陣には伝教大師最澄以来千二百年の間受け継がれる「不滅の法灯」が灯されています。

・讃衡蔵は中尊寺に伝わる文化財・財宝を永く後世に伝える宝物館として建設されました。現存する3000点以上の国宝・重要文化財のほとんどがここに収蔵されており、仏像・経典・奥州藤原氏の副葬品など、貴重な文化財を拝観することができます。平成12年に新築されました。

◎毛越寺について

850年に慈覚大師が東北巡遊した際に、この地でうずくまっていた白鹿に近づくと、どこからか一人の白髪の老人が現れて「この地に堂字を建立して霊場にせよ」とのお告げがあったそうです。毛越寺は、その言葉に従って大師が建立したとされています。現在では庭園に盃を浮かべ、流れに合わせて和歌を詠むという平安時代の遊びを再現した「曲水の宴」というイベントや、境内に植えられている梅、桜、蓮、萩など様々な草木を季節に応じて楽しむことができます。「大泉ヶ池」と呼ばれる海を表現した広大な池もあります。

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◎視察を通じて考えたこと

「平泉」が世界遺産に登録されたということは、東北地域に住む者として、大変嬉しいニュースであった。大震災(2011年3月11日)から1年過ぎた時、平泉町の中尊寺は奥州藤原二代基衡の命日に合わせ、東日本大震災で犠牲になった人たちの追悼法要を行った。初代清衡の非戦平和の精神を引き継ぐ梵鐘が10年ぶりに突かれ、本尊と奥州藤原四代に経を上げ、犠牲者の冥福と行方不明者の無事、早期の復興を祈念したという。

平泉は元より県南部の主要観光地であったが、この度更に世界遺産に認定されたことで、地元の観光関連事業者や自然保護に関する関係者達は、平泉を更に振興するがゆえに今後の懸念や課題が一層問われている。

平泉は、世界遺産に認定された現在でも、明らかに環境破壊や景観の喪失が無作為、無意思のまま進められていると考える。芭蕉が「夏草や・・」、と詠んだ政庁・柳の御所近くには環状道路のバイパス工事の計画や、金鶏山に隣接して宅地造成工事が行われていて、柔和な自然や文化の痕跡が次第に削られ、それが20年以上も続いていて自然環境は最悪になってきている。これは「乱開発による人類普遍の遺産を保護する」といった世界遺産条約の理念に反しているのではないかという懸念の声もある。何処もそうであろうが、世界遺産に認められた平泉は、ただ観光や見物もさることながら、特に歴史的にも学ぶべき点が多い。現在、中尊寺だけを訪れて、1時間前後で町を後にする人々や観光ツアーもあるらしい。だが、往時の平泉を伝える史跡は勿論、町内のほか一関市や奥州市にも点在するし、藤原清衡の培った「平泉」を理解してもらうには、少しでも多くを見て、街を歩いてもらうのが望ましいことなのである。

平泉町は、県内で最も小さな自治体である。従って、小さな町域のため大きなホテルなどの宿泊施設はなく、泊まれるのは一日せいぜい400~500人ともいわれ、観光客は数時間だけ滞在し、後は花巻や仙台に向かってしまう。 いわゆる、通過型観光地であるともされる。

しかし、新たに宿泊施設や観光施設を設立するためには、財政に大きな負担がかかってしまうことも予想され、近隣の市町村等との連携などの地域活性化を促す必要もあるとされている。

もちろん平泉自体が世界遺産に登録される以前から名の知れた観光地であるが、世界遺産として登録された後も観光客の増加変化があまり見られないか、一過性のものになったりする可能性もあると関係者は思案している。

こうした考えを踏まえ、滞在型の施設や旅行会社への積極的企画などの推進も必要であろう。それに、世界遺産となった平泉を理解してもらうための努力、藤原三代の思いを世界に伝えるために必要なことの模索、リピーターの確保や歴史観光周遊ルートの確立などの思い切った方策やPRが必要であると考える。

参考資料

・中尊寺金色堂のパンフレット

・社団法人平泉観光協会 http://hiraizumi.or.jp/

・平泉からHIRAIZUMIへ http://www.pref.iwate.jp/~hp0907/

                                                (報告作成:若松勇希)