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大学概要
2020年度東北文化学園大学・東北文化学園大学大学院
学長訓辞

 皆さん、ご入学おめでとうございます。桜の花咲くこの4月に、例年通りの入学式で皆さんをお迎えしたかったのですが、新型コロナウイルス感染症は現時点で終息の気配がありません。皆さんの健康を守り、感染の危険性を極力回避し、可及的に大学本来の教育活動を継続するために、式典の中止を決断いたしました。どうぞ、ご理解ください。今年は皆さんにとって拘束の多い、不自由な大学生活になると思いますが、爆発的な拡大をともなう感染症の世界的流行にどう対処するかは、様々な学びのきっかけになると思います。新型コロナウイルス感染症に向き合いながら、これからの学生生活を有意義なものにしていただきたいと思います。

 三学部七学科、計558名、三年次編入学9名及び大学院博士課程前期17名、博士課程後期2名、総数586名の新入生に入学を許可いたしました。本日晴れて入学を認められた新入生の皆さん、ご入学、誠におめでとうございます。また、この日を待ちわびておられた保護者の皆さまのお喜びはひとしおのことと存じ上げ、心からお祝いを申し上げます。  本学は平成11年に開学して以来、本年3月までに18期にわたる卒業生を送り出し、本日は22期にあたる皆さんを迎えることになります。

 さて、皆さんは、何のために大学を目指したのでしょう。私たちの大学の建学の精神は、「輝ける者を育む」です。『「輝ける者」とは自立した力を持ち 他者とかかわり合いながら 未経験の問題に応える人』を言います。有名な画家、ポール・ゴーギャンの晩年の傑作に、「我々はどこから来たのか」「我々は何者なのか」「我々はどこに行こうとしているのか」という不思議なタイトルの作品があります。人間が生まれ、成熟し、老いて死んでいく、そのすべての姿がこの画面の中には描かれています。皆さんは本日入学し、人間の人生の中で最も美しく、たくましく、活発で、可能性に満ちた時期をこの大学で過ごすことになります。ゴーギャンは、彼の絵を通して訴えています。「君には赤ちゃんの時があったのだよ。」「君はいつか年老いていく存在だよ。」「君っていったい誰?」「どこから来たの?」「何をしようとしているの?」「どこに行こうとしているの?」

 皆さんがこの大学を選んだ時、入りやすいからと言って軽い気持ちで門を叩いた人もいるでしょう。明確な志を持って今日の入学式に臨んでいる方も沢山いると思います。いずれにせよ大学に入った限り、4年後に卒業する日まで大学のルールに従い、大学を中心に考え、学び続ける決意を持ってください。大学は単に知識を教えるところではありません。教わった知識をさらに自分なりに膨らませ、自分という個性の衣を着せていくところです。私は何者で、どこから来て、どこに行こうとしているのかを考えるために、皆さんは大学にいるのです。そのために皆さんを支援するのが私たち教職員の役目です。

 私たちが、「自分とは何者なのか」を考えていくときに、他の人の完結した人生から学ぶことは沢山あります。完結した人生の一つとして花森安治を紹介いたします。1911年に生まれ、1978年に心筋梗塞で人生の旅を終えた方です。雑誌「暮しの手帖」の編集長を創刊号から務め、1948年創刊の「暮しの手帖」を、亡くなる直前には発行部数90万部を誇る大雑誌に育て上げました。創立時の同僚で、2代目の編集長が大橋鎭子です。この人は、2016年度上半期のNHK朝の連続テレビ小説「とと姉ちゃん」のモチーフになった方です。どうして「暮しの手帖」の初代編集長花森安治を取り上げたかというと、創刊号から始まる初期の150冊を友人から寄贈していただき、本学の図書館で閲覧可能になったからです。創刊は私が1歳の時です。私の母親が、この雑誌の童話を私に読んでくれたかもしれないという懐かしい気持ちがありました。戦後の人々の暮らし、衣食住、文化を知るうえで一級の資料になるとも思われました。

 花森は亡くなるまで「暮しの手帖」の表紙の絵は、すべて自分で書きました。装画も巧みで、「暮しの手帖」の文章の内容に応じて、小さな装画をあちこちに入れ込みました。すべて花森が一人でやりました。表紙絵、装画のセンスは抜群の上に、文章力がずぬけていました。若い編集者を指導するときの花森語録が残っています。一部を紹介します。「僕たちの考えていることが、そのまま読者に伝わるのが、いい文章だ。しゃべるように書け、親しいものに話していると思って書け」。そのために花森はひらがなを大事にし、文章中のひらがなと漢字のバランスに注意しながら文章を作りました。彼の文章を入力すると、ワープロは自動的に次から次に漢字に変換してしまいますが、原文はひらがなのままの言葉が多く、逆にワープロでは大変入力しにくい文章であることに気付きます。こんな花森ですが、ある時、大橋鎭子が花森の自宅を訪れた際、花森の書棚に並んでいる300冊近いノートを見せられたそうです。そこには有名な作家の文章が繰り返し書き写されていました。花森の親しみやすい、いかにも語りかけるような、ひらがなを多用する文章は、このような努力の中から生まれたものなのです。

 花森は編集者としてもその高い能力を発揮しています。いろいろな業績がありますが、私が心を打たれたのは、彼が企画した「戦争中の暮しの記録」という特集で、「暮しの手帖」96号として1968年に発行されました。終戦後20年、戦争中の普通の人たちの「暮し」を忘れずに書き留めておく必要があると言って、「暮しの手帖」の読者に呼び掛けて作製された特集号です。文章を書いたこともない人たちが、戦争中の忘れられない記憶を文字にして送ってくれました。花森は体験に裏打ちされた文章の力に圧倒されたと書いています。文章としては間違いが多いものなのに、それを正しい形の文章に直すと、以前あった文章の力がなくなってしまう。文章の力とは何かを教わったような気がしたと言っています。この特集は、戦争を二度と起こしてはいけないという花森の強烈なメッセージです。

花森が亡くなったとき、大橋鎭子が「暮しの手帖」2世紀53号に、「編集長 花森安治のこと」というタイトルで書いた追悼文があります。静かに語りかけるような、いとおしさに満ちた素晴らしい文章です。是非手に取って読んでみてください。

 これほどの優れた人物でも、知らなければそのまま私たちの人生とは無関係に過ぎ去ってしまいます。でも、皆さんが興味をもって、図書館に行き、書架やコンピューターを検索するだけで、今まで皆さんが知らなかった世界が見えてきます。大学で学ぶことも同じです。授業で教わったことに興味を持ち、あるいは疑問を持ったら、その先へさらに一歩踏み出すのです。そうすれば、皆さんの学びは計り知れないほど深く、豊かなものになっていくと思います。
 それでは、皆さんの学びが4年後に実を結ぶことを心から願って、入学式のお祝いの言葉とさせていただきます。
            
2020年4月3日
東北文化学園大学
学長  土屋 滋