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総合政策学部 総合政策学科

高齢者の自動車運転免許証返上と代替交通

2020.2.17
総合政策学部教授 貝山道博

 先日あるマスコミの記者から、高齢者の自動車運転免許証返上問題について電話取材を受けた。この背景には、言うまでもなく高齢者の自動車運転事故多発の問題がある。交通事故の総数は減ってきているものの、高齢者の事故件数は最近増え続けている。
 高齢者の自動車運転免許証返上それ自体は大変結構なことだが、都市部と地方部ではこの問題への行政側の対応は異なってしかるべきであろう。自由に公共交通機関を利用できる都市部では、自治体は、自動車運転免許証返上者に対する御礼として、無料タクシー・バス券等の配布といった一時的対応で事足りるかもしれないが、地方部、特に中山間部ではそういうわけにはいかない。自動車運転免許証返上後、運転できなくなった高齢者は、利用できる公共交通機関がないために、病院や買い物のための移動が困難になってしまうからである。
 地方部では、高齢者の運転免許返上を願う自治体は、代替措置として、別な移動手段、例えば自治体経営の地域循環バスとかデマンド・タクシーとかの運行を考えておかなければならない。自治体は市町村営の交通サービスの提供(give)と高齢者の自動車免許証返上(take)をセットにして、この問題に対処すべきであろう。ただし、地方の自治体は財政的に余裕がないので、高齢者の自動車運転免許証返上を推奨する国土交通省は、市町村のこのような公共交通事業に対して十分な補助してしかるべきである。というように記者に答えた。
 山形県に5年余り居住して、地方部、特に中山間部における公共交通サービスの余りにも乏しさ目の当たりにしてきた。私自身自動車運転免許証を持たないので、運転できない高齢者と同じ苦しみを味わった。
 高齢化した地方では、車を持たない、車を運転できない住民(子供と年寄り)の移動のための足をどう確保するかが深刻な問題になっている。義務教育の児童・生徒はスクール・バスで登下校すればよいが、バスや鉄道といった公共交通機関がなく、しかも車を持たない、車を運転できないお年寄りは、買い物にも病院にも行けない。これは死活問題である。こうした状況が山形県だけでなく、全国の地方のいたるところで生じている。
 この問題は「マイカー社会」の進行と密接に関わっている。マイカーと公共交通手段は競合関係にあるから、マイカーが普及していくと、公共交通機関の利用客が少なくなるから、公共交通事業体(山形県内陸地域では「地域独占」状態にある山交バス株式会社を指す)の経営が悪化する。赤字を減らすため、運行本数を減らすか、最悪の場合赤字路線を廃止せざるを得なくなる。利用者にとっては公共交通手段がさらに利用しづらくなるから、なおさらマイカーに頼るという悪循環に陥ってしまう。こうした中でマイカー社会化は否応なく進んでいく。事実、山形県の一世帯当たりの自家用乗用車保有台数は、東北6県の中で抜きんでて多く、全国でも福井県、富山県に次いで多いという結果になっている(平成28年3月末現在)。言うまでもなく、東京都が一番少なく、山形県の1/4程度である。次いで大阪府、神奈川県といった順で少ない。
 人口が減り、しかも高齢化が進む地域では、そのために、民間交通事業者に代わって、行政が市町村営バスやデマンド・タクシー、福祉バス、スクール・バスなどを運行している。しかしながら、どの事業も例外なく赤字で、国・県の補助もあるが、毎年多額の財政負担を強いられているのが現状である。少子高齢化は、年金・医療システムの維持といったお馴染の問題の他に、高齢者の移動手段の確保・地域公共交通システムの維持といった問題に対処するために、国と地方自治体の双方が新たな負担を強いられている。