工学研究

工学研究からのアプローチ

持続可能な社会に欠かせない 健康・快適な空間を探る

一條 佑介 准教授
工学部 建築環境学科
一條 佑介 准教授

コロナ禍以降、私たちは室内の空気環境への関心が高くなりましたが、この「空気環境」をキーワードとした環境工学という研究分野があります。環境4要素と言われる光・音・熱・空気の中の空気を深掘りしていくことによって安全で健康・快適な建築空間を実現するためという生活に密着した目標をもつ研究テーマ。どのようなアプローチでどんなことを探求していくのでしょうか。建築環境学科で建築構造・環境工学の科目を担当する一條佑介先生にうかがいました。

目に見えない空気にひそむ 有害な物質とは?

多彩な分野をもつ建築の中で環境工学と呼ばれる分野の研究を進める一條先生。「現在、私が最も主眼をおいて研究しているのが空気環境です。特に空気清浄技術についての研究です。たとえばガス状の化学物質や臭気を吸着し、浄水機能もある活性炭をベースにした研究。また高機能のフィルタを組み合わせることによって空気清浄装置の高性能化を図る研究などもしています。この目に見えない空気に含まれているものが健康を害したりすることがありますので、そうした有害なガス状化学物質を除去する技術は、非常に重要なものとなります」。
その他、粒子状物質として空気に含まれるものとしては花粉、ほこりや繊維・ハウスダスト、ダニの死骸、PM2.5、インフルエンザやコロナのウイルス・菌などがあります。
「人はだいたい1日の90%ぐらいを室内で過ごすと言われているので、その室内で健康快適に過ごすためにどうしたらいいかということを考える研究です。建築学の中でも環境工学、その中でも空気環境というところが私の専門分野です。建築構造、建築構法、建築技術あるいは環境技術、さらにはリフォーム技術まで検討し、各テーマにおいて実験・シミュレーション・ CG などを駆使して考究しています」。

建材に使われる接着剤が 化学物質を発生させていた

空気環境と建築との関わりでは、特に建材がキーポイントになります。建材には無垢材のような自然素材と、合板・集成材やクロスなど化学的に合成された新建材と言われるものがあります。
「いわゆる合板や集成材は接着剤や塗料などが使われています。この接着剤などから化学物質が出てきやすいんですね。空気中にその化学物質が存在する建物にいると具合が悪くなる人がいます。1990年ぐらいにシックハウス症候群と言われ、大きな問題になりました。接着剤には、建材の接着効果の劣化を防ぐためにホルムアルデヒドという防腐剤を入れるんですが、主としてそれが原因でした。昔の住宅は隙間だらけで、自然に空気の入れ替えができていたんですが、1980年代以降、高気密・高断熱時代になって室内を密閉したことがあだとなって換気不足になってしまい、放散された化学物質が室内にとどまりシックハウス症候群を引き起こしました。住宅にとって空気を入れ替えることは、非常に大事なことなんです」。
2003年の建築基準法の改正で、住宅建設におけるシックハウス対策が義務づけられ、換気設備の設置が法的に定められました。「1時間あたり室内の空気を半分入れ替えましょうということになったんですね。浴室などに設置された換気扇で24時間換気をするようになっています」。シックハウス症候群は下火になってきたものの完全になくなったわけではないと一條先生は説明します。「新種の代替物質から出てくる可能性もありますし、新建材ではなく無垢材でも具合がわるくなる人がいます」。
建材から放散される化学物質に対する対策技術はいくつかあるといいます。「空気清浄機や消臭剤などの室内空気対策品の設置のほかに壁、床や天井の表面をシーリングしたり、またはあえて揮発性の有機化合物を放散させて除去するベイクアウトと呼ぶ技術。光触媒の酸化還元反応による技術。ただ、いちばんは換気することです」と一條先生。ちなみに観葉植物のようなパッシブ手法なものは実験でもあまり効果はみられず、空気清浄機など空気浄化装置のアクティブ手法のものは一定の効果がみられた、といいます。「つまり建材などを使うことによって室内に汚染物質が発生する。それを排除するためにはまず換気、その補助的な技術として空気清浄技術があるということです」。

「かつて建材から出た化学物質によるシックハウス症候群が問題になりました」と一條先生。
「かつて建材から出た化学物質によるシックハウス症候群が問題になりました」と一條先生。

いろいろな条件を設定して 実験から分析・評価まで

一條研究室では、大学の地下に実験室が備えられていて、空気環境の研究に関わる各種の実験を行っています。「実験室の中にさらに部屋をつくってそこに空気清浄機を設置してあります。温湿度や換気回数など環境条件が制御でき、空気清浄度も調整できるようになっています。そこに実験用に準備した汚染ガスボンベからその部屋の中に汚染ガスを流してどのぐらい不純物を除去できるか、という実験を行います。同じような方法で、消臭剤による実験や、酸化チタンをコーティングした機能性壁紙に光を照射することで化学物質を分解できるか、実際に効果があるのか、というような実験もできます」。
こうした実験に使う空気清浄機や、各種のフィルタ類なども、自作しているといいます。「空気清浄機は大学院生と一緒に製作したんですが、実際に脱臭フィルタを作ってみたり、和室にマッチするように木製の筐体を作ってその中に空気清浄機を入れてみたり、インテリア性にも考慮したり色々工夫してやってみました」。
さらにすごいところは、ガス状物質や粒子状物質など各種汚染物質の種類ごとに測定できる高速液体クロマトグラフ(HPLC)やガスクロマトグラフ質量分析計(GC-MS)、パーティクルカウンター(PM2.5などの微粒子計測器)など各種の精密測定装置も揃っていて、測定したデータの分析・評価も研究室でおこなっていること。「自分たちでできるところは1から10までほぼすべて自分たちでやり通しているというのは大きな強みと思います。研究室に所属できる学部3・4年生や大学院生は、整った環境の中で、思う存分自分の探求を進めることができます」。


シックハウス対策など空気清浄技術の研究には実験室での実験と分析が欠かせません。

高校生に向けて研究領域の魅力を伝えるメッセージをお願いします。

建築を学びたいという学生は設計やデザイン系を志望する人がやはり多いと言いますが、建築学は実はものすごく多彩な分野で成り立っていて、その広がりを知ると「こんな分野もある」と、建築の深さを理解することにもつながります。
「その中でも私の専門分野である環境工学は、私たちが暮らす社会における環境問題に対して、科学技術の力で解決するための具体的な方法を考える学問です。環境問題と聞くと自然環境がイメージされますが、環境工学で研究対象とされるのは自然環境にとどまらず、都市環境や建築環境といった私たちが暮らしの中で関わるあらゆる環境問題についての研究が行われています」と一條先生。
さらに空気環境の研究についても、「環境4要素(光・音・熱・空気)の中の空気を深掘りしていく分野であり、安全で健康・快適に過ごす日常生活に密着した目標を掲げる、重要度の高い研究内容です」とのお話し、持続可能な社会の実現という世界的な課題に対しても、これからますます注目すべきテーマであると強調します。



充実した設備・機器とともに、収集データの分析・評価も内部で実施できることが研究室の大きな強みとなっています。