工学研究

工学研究からのアプローチ

ロボットの目を持つ世界へ:コンピュータビジョンの可能性を探る

費 仙鳳 准教授
工学部 知能情報システム学科
費  仙鳳 准教授


数多くの研究者とも幅広いジャンルの共同研究を進める費先生。それらすべての研究にも共通するキーワードが、「ロボットの目」とも呼ばれる「CV(コンピュータビジョン)」です。ニューラルネットワークやディープラーニング、バーチャルリアリティなど近年、様々なフィールドで注目される研究や技術に共通する「CV」とはどんなものか、費先生の研究例を交えてご紹介します。

画像・動画を検出・分類・追跡・認識する 「ロボットの目」とは?

コンピュータビジョン (computer vision、略称CV)は、コンピュータが画像や動画から情報を導き出し、その情報に基づいて対処し、推奨を行うことがきるようにする人工知能(AI)の分野のことです。CVでは、人間の目の能力を再現するタスクの実行、および自動化することを目指しています。この意味で「ロボットの目」とも呼ばれています。
具体的には、イメージセンシング、画像処理、機械学習、ニューラルネットワーク(神経回路網)、ディープラーニング(深層学習)などの技術を活用し、画像や動画から物体や人物の検出、分類、追跡、認識などのタスクを実現することができます。すでに自動運転車のセンシング、顔認識システム、医療画像解析、医療画像診断、オーグメンティッド・リアリティ(拡張現実)、バーチャルリアリティ(仮想現実)など、CV技術の応用は様々な分野で広がっています。今後も、人工知能の発展とともに、さらなる進化が期待されます。
「研究室の学生もこうした分野に興味を持っていて、一緒に研究しているところです」と費先生。



「実世界にある様々な画像や動画を検出・分類・追跡・認識し、行動決定するのがCV。その結果をもとにロボットやネットワークが対応・実現します」と費先生。

神経活動と行動を同時観察する 顕微鏡システムを開発

今や学術分野や産業分野だけでなく、エンターテイメント業界でも注目され、活用される「コンピュータビジョン」ですが、その中で費先生が行っている研究テーマは「神経回路を解明するための微生物を追跡する顕微鏡システムの開発」です。
「人間の脳は外から様々な刺激を受けると、食べ物を見つけたり、危険から逃げたりするなど、生きるために必要な行動を起こします。もし人間の脳神経活動と行動を同時に観察できれば、刺激や目的に対して、神経システムがどういう機能を持っているのかが解明できると考えました」。しかし、人間の脳は神経細胞が多すぎて難しいため、費先生は脳人間の脳神経細胞と同じようなメカニズムを持ちながら、簡単な構造を持つゾウリムシや線虫を研究対象とし、神経活動と行動の両方観察できる特別顕微鏡システムを開発しました。
「研究の第一のポイントはゾウリムシの行動を追跡することです。ゾウリムシが動いて視野から逃げると、長い時間観察できないので、対象生物の動き常に追跡するシステムが必要となります」。そこで「コンピュータビジョン」を活用した顕微鏡システムを開発しました。仕組みとしては、顕微鏡の上には費先生たちが開発した1秒間に1000枚の画像を撮影できる高速度カメラを設置。顕微鏡の下には前後左右にコントロールできるステージを設置し、その上にプールに入ったゾウリムシを置きます。そして、高速度カメラで撮影した画像は、パソコンに送られ、ゾウリムシの輪郭を検出し、位置や中心を計算。そのデータに基づいてゾウリムシが乗ったステージを制御します。そうすることでゾウリムシの輪郭の検出と行動の予測を用いて位置を検索し、常に視野の中心にゾウリムシが来るようにコントロールし、観察することが可能となりました。ゾウリムシがプールのどこに動いているかという運動の軌跡を記録することで、行動の観察と記録も実現できました。
さらに、光が障害物の裏側に回り込む「光の回折」を利用することで二次元方向だけでなく、三次元での追跡も可能にしました。


ゾウリムシを視野の中心に維持するシステム。

虫のための光遺伝学顕微鏡ロボットも開発

線次の段階として、費先生は、神経システムを持たないゾウリムシではなく、神経システムを持つ線虫を研究対象としています。「この研究の目的は、線虫の神経回路全体の機能を、1つの細胞のレベルで理解することです。線虫の動きは二次元で、302個の神経細胞があり、その場所や接続についてもすでに生物専門家たちによって解明されていたので、神経細胞の活動を記録できれば新たな展開があると考えました」と費先生は話します。
手法としては、遺伝子工学を利用し、線虫の中の神経細胞をタンパク質でラベリングし、そこだけ明るく表示します。具体的には、G-CaMPなどのタンパク質を線虫の中に入れることで、カルシウム濃度に応じて蛍光強度が変化するので、明るくなると神経細胞の活動が興奮し、暗くなると神経活動が抑制されているという違いが観察しやすくなります。これは蛍光強度と神経細胞の活動が勧奨しているためで、この関係を利用することで、線虫の行動と神経細胞の蛍光画像を、同時に観察し、その関係性を調べることが可能になります。
そこで、費先生は「線虫のための光遺伝学顕微鏡ロボット」というシステムを開発。顕微鏡から線虫に向けてレーザービームを2方向に分けて当て、それぞれの方向にカメラを設置。顕微鏡の上のCCDカメラでは線虫の行動を観察し、もう1台のEMCCDカメラでは蛍光画像を観察します。ゾウリムシの実験と同様のシステムで対象を常に中心におきなが、2つの画像を同時に観察することで行動だけでなく、神経細胞の興奮のレベルも測ることが可能です。さらに、ゾウリムシ同様、三次元でのコントロールが可能で、共焦点のスキャニング顕微鏡を使うことで、CTと同じように球体の細胞をZ軸でスライスした画像を観察でき、再構築することもできます。


線虫のための光遺伝学顕微鏡ロボット。

神経細胞の光刺激を遺伝工学で観察・記録・解析

「これから開発したいロボットを、モデル動物に適用することで、線虫のシンプルな神経回路の全体の機能を、1細胞レベルで理解することを目的としました。そこで特定神経細胞の光の刺激とその神経活動の記録と解析を目的とした研究も行いました」と費先生。この研究の前提としては遺伝工学の利用があります。「まずChR2、またはHalo-rhodopsinという2つのタンパク質を、特定の神経細胞に遺伝子工学を用いて発現させます。そして、特定の波長の光を神経細胞に照射すると、神経細胞を興奮させたり、抑制させたりすることができることがわかりました」。1個の神経細胞を興奮させたい場合、ブルーの光を、抑制させたい時は黄色の光を当てるなど光の違いによる変化も観察できました。「私たちは、標的の神経細胞の機能を調べたかったので、その神経細胞だけを興奮させると、どんな行動が起きるかを同時に観察するシステムを作りました」。
費先生はこれらのシステムを活かし、多くの大学の生物学専門の研究者とともに光刺激だけでなく、匂いに対する反応の研究、ゼブラフィッシュやマウスなどをターゲットにした研究など、様々な共同研究に取り組んでいます。


CV研究で、未来の可能性を広げよう

最近コンピュータビジョン技術は、人工知能やディープラーニングの進化によって大きく発展しました。特に、畳み込みニューラルネットワークというディープラーニング(DeepCNN)の一種を用いた画像認識技術は、高い精度で画像の認識や解析を行うことができるようになりました。さらに、画像だけでなく、動画の認識に向けた研究も盛んです。また、人間の顔や指、そして全身の姿勢を正確に認識することで、より自然な指示を使ってロボットを制御することが可能になります。ディープラーニングを用いたコンピュータビジョンの課題におけて、現実には存在しない偽物の画像や映像を作り出すことができるようになってきています。そのため、現在では偽物検出技術の研究も進んでいます。
その奥深さ、魅力を熟知する費先生は、最後に、次代を担う方々へこんなメッセージをいただきました。
「これらの研究は今後も10年後や20年後も高い需要が見込まれる分野です。学生の皆さんは、将来のキャリアや世界への貢献において、これまでにないイノベーションを生み出したいという意欲があるならば、ぜひ、この研究分野を検討してみてください。きっと面白いことができると思います」。



「CVは自動運転、医療分野、IoT、セキュリティ技術など、これからの社会になくてはならないものです」と費先生。