工学研究

工学研究からのアプローチ

臨床経験を活かし、 人工透析の安全対策に尽力

髙橋 るみ  助教
工学部 臨床工学科
髙橋 るみ  助教


臨床工学技士として臨床現場で人工呼吸器や人工透析装置などの生命の維持に欠かせない医療機器の操作や保守管理業務を行ってきた髙橋先生。医療機器は年々進歩し、その都度扱い方を修得していく必要がありますが、使い方を誤れば当然大きな事故につながります。そこで、髙橋先生は主に、人工透析における事故を未然に防ぐための医療機器の扱い方を研究し、臨床工学技士をめざす学生への指導や教育活動に活かしています。

臨床工学技士として携わってきた人工透析

糖尿病に罹患した患者さんは、高血糖によって腎臓のろ過機能が低下する糖尿病性腎症と呼ばれる合併症を引き起こしてしまうことがあります。腎臓は血液中の老廃物を体の外に排出するための重要な臓器ですが、これが機能していないと食事や水分を摂取したときに体内に蓄積される余分な水分や塩分といったミネラル成分や体に不要な老廃物を尿として外に出すことができず、放置してしまうと数日間で死に至る場合もあると言われています。そこで一般的に行われているのが人工透析と呼ばれる治療法で、人工透析器を通して体内の老廃物を取り除き、血液の浄化を図ります。「国内の人工透析など慢性透析療法を受けている患者は約35万人と言われ、糖尿病をきっかけとする腎機能障害以外にもさまざまな要因で腎臓を患ってしまった方が治療を受けています」と教えてくれた髙橋先生もまた、臨床工学技士として現場の透析治療に携わってきました。

人工腎臓でサポートする 血液の体外循環と老廃物除去

人工透析による治療法は血液透析と腹膜透析の2種類あります。
髙橋先生が研究の対象としているのは血液透析。これは体内の血液を外に出し、透析器(ダイアライザ)を通して不要な老廃物や水分を取り除き、きれいになった血液を再び体内に戻す方法で、透析患者の多くがこの治療法を選択しています。「腎臓には老廃物をろ過し、尿生成の役割をするネフロンと呼ばれる構造があります。ダイアライザの中にも同様の働きをする中空糸があり、その中に血液を通し透析液と間接的に接触させ、濃度勾配を利用して物質を移動させる『拡散』やろ過圧の差によって水溶液を移動させる『限外ろ過』といった現象を利用して老廃物や水分を除去します」と血液透析の仕組みについて解説してくれた髙橋先生。
透析を行うには患者さんの側にも血液の体外循環を可能にするための仕組み(バスキュラーアクセス)が必要で、「内シャント」「動脈表在化」「透析用カテーテル」などの種類があるといいます。「内シャントは静脈に動脈をつなげることで透析を行えるだけの血液流量を確保するための重要な部位です。その血管の走行部位に針を刺して(穿刺)血液を体外へ導き出します。「内シャント」への穿刺は臨床工学技士の業務となっています。また2021年の法律改正により、表在化した動脈への穿刺についても可能になりました」。



授業で使用している透析装置とダイアライザ。血液は赤色側から青色側へ流れる



血液透析で用いられる針の直径は1.5mm〜1.6mmが一般的


バスキュラーアクセスに関する事故を防ぐために

臨床工学技士による表在化した動脈への穿刺が可能になったことで懸念されているのが事故の発生です。「動脈は血液の流れる力が強く早いので、穿刺針の刺し違えや貫通など穿刺ミスが起こると事故につながる危険性をはらんでいると考えます」と事故の可能性を指摘する髙橋先生。バスキュラーアクセスに関連する事故はこれまでにも報告されているため、臨床工学技士によるバスキャラーアクセスにおける事故を未然に防ぐための教育体制の構築がいっそう必要になってくると考えています。
「例えば、針が抜け落ちてしまうことを抜針と言いますが、それには自然抜針や自己抜針があります。透析では血液の出口と入口の2か所に針を刺す必要があり、刺した後は4時間固定しなければならないのですが、固定の仕方が甘く針が抜けてしまったり、認知症の患者さんが自分で抜いてしまったりといった事例が報告されています」。日本透析医会の2021年の調査における透析による医療事故のうち、抜針事故が占める割合は37.5%と報告があり、出血による患者さんへのリスクもあるそう。「針が抜けたときに警報が鳴るようになっているのですが、それも万全ではない」と語る髙橋先生は、臨床工学技士をめざす学生一人ひとりにその重要性を伝えるため、日本臨床工学技士会の研修制度に追加された、表在化した動脈への穿刺に関する研修などに積極的に参加しています。


理学療法とのコラボレーションも視野に入れて

透析患者さんの高齢化に伴って身体機能や認知機能が低下することも指摘されています。そこで髙橋先生は、医療福祉学部リハビリテーション学科 理学療法学専攻の釼明佳代子助教らとの共同研究を検討しているといいます。「理学療法の観点から、透析治療中に運動を行うと透析効率が上がると言われています。そこで、運動療法の安全性とバスキュラーアクセスへの影響を模索することで、透析治療中の医療安全の確保に貢献していけたらと思っています」。

めざすのは臨床工学技士の後進育成

「いのちを支えるエンジニア」と呼ばれる臨床工学技士は、臨床現場で用いられるあらゆる医療機器に精通しています。しかし医師や看護師、薬剤師といったほかの医療従事者と比べると患者さんとの接点が少なく、世間的な知名度もそこまで高いわけではありません。患者さんの命に直接関わる医療機器を扱うことが多いだけに、髙橋先生は歯がゆさのようなものを感じています。「血液透析治療は1回につき約4時間、隔日で週3回の治療が基本となり、臨床工学技士はその都度対応することになるため、患者さんとの接点が多い」と、透析とその他の現場との違いを感じることもあるという髙橋先生。「医療機器の性能が日々進歩していく中、人工透析装置はもちろんさまざまな機器を正しく安全に扱える臨床工学技士の重要性は医療の現場でますます高まっています。そうした医療現場の需要に応えるため、臨床工学技士をめざしたいという学生への指導にいっそう力を入れていきたいと思います」。



臨床工学技士は医療系国家資格の中でも比較的新しい資格だという髙橋先生