看護学・リハビリテーション学研究

看護学・リハビリテーション学研究からのアプローチ

被災からの教訓を生かした 精神科病院の災害対策のための調査研究

 松田 優二 准教授
医療福祉学部 看護学科
松田 優二 准教授
患者の命と健康に寄り添う看護の精神を柱に、精神科病院における災害時の対策を考察する研究に注力している松田先生。それは、自身が看護師として経験した病院火災や患者とともに東日本大震災の被災を経験したことが、学究に向かうモチベーションになっていると話します。大災害が発生した地域の病院に調査を重ねて現状の課題を明らかにし、精神科病院の特殊性に応じた備えを啓発するための基礎資料の完成を目指しています。

患者の所在が一目で分かる画期的なツールを製作

松田先生は、山形市立病院済生館高等看護学院を卒業し、看護師資格を取得後、東北文化学園大学医療福祉学部保健福祉学科(現・現代社会学部現代社会学科)に編入学。同大学を卒業(社会福祉士資格取得)後、宮城県仙台市内の精神科単科病院の看護師として就職。急性期閉鎖病棟での勤務経験が、精神科病院とその患者に関する研究へ取り組む出発点となりました。勤務していた精神科病院では、継続した看護教育体制が整備されており、入職後3年目の院内研修の一環として、看護研究の発表に同僚と挑戦する機会を得ました。その研究課題を決める以前、病院で火災が発生。松田先生も入院患者の避難誘導に当たりましたが、現場は混乱を極め、患者の所在を確認する作業にかなり手間取ってしまったそうです。その苦い経験が、精神科病院の災害対策に関する研究に取り組む糸口になり、研究テーマについて上司に相談したところ大いに共感を得られたため、災害時における患者の所在確認に関する課題に着手。周囲のバックアップを得て研究を進めるうちに、「災害はいつどこで起きてもおかしくない。どの精神科病院でも活用できる成果発表のクオリティを目指そう。」という意気込みが、2人の中で生まれました。
災害時における患者の所在を把握する手段を考える中、様々な意見を参考に看護師が容易に扱えるツールの作成が有効であるということに行き着きました。身近な材料を使い、試行錯誤を繰り返しながら携帯版『患者所在確認表』が完成。当時、勤務していた精神科病院で、閉鎖病棟2棟、開放病棟3棟を含めたすべての病棟で実際に運用し、その有効性を実証しました。そして、この研究プロセスと成果をまとめ、医学雑誌『精神看護』の記事として発表しました。



看護研究の成果を発表した医学雑誌『精神看護』(医学書院)2008年1月号

より多くの看護の現場で活用してもらうために

携帯版『患者所在確認表』は、ローコストで作成が可能、かつ看護師自らが手動で扱うことができ、日常で使えることを目標に掲げ、制作しました。
材料は、段ボールやクリアポケット、マジックテープ(面ファスナー)など、比較的に入手しやすい工作用品ばかり。マジックテープを活用する案は、NASAがアポロ計画で使用した事例を参考にしました。使用方法もシンプルで、患者が院内散歩や外出する際に看護師へ報告した時点で、看護師が患者の名前を書いたマジックテープを移動先の欄に張り変えます。それを業務リーダーが定時にチェックするというシンプルな仕組みにしました。
患者にGPS付きのバンドを装着してもらったり、ITの顔認証技術を活用する方策も考えましたが、コスト面や倫理的な問題から断念。タブレットなどの先進機器も検討しましたが、災害時には電力が限られていること、看護師が日常から操作することなどを考慮し、アナログなスタイルに落ち着きました。さらに、活用法を研究として深めるため大学院へ入学し、このツールの活用の有無によって災害だけでなく看護師の無断離院(医療者の許可なく無断で病院を離れること)に対する意識に関する研究に取り組み、修士論文として完成させました。



B4サイズのクリアポケットに内蔵された携帯版『患者所在確認表』




ショルダーベルトを付けて持ち運びに便利な工夫も

精神科病院の災害時対策事例や知恵を集積

精神科病院の災害時対策事例や知恵を集積
松田先生は、精神科病院での約10年の実務経験と看護研究を糧に、大学教員になることを決意し、災害時における精神科病院の対策や備えについての学究を深め続けています。
2015年から4年かけて取り組んだ「精神科病院の特殊性に応じた災害時対策に関する研究(科研費15K20674)」では、大災害があった地域の精神科病院の看護管理職者を対象にアンケート調査を実施し、そのデータの集積と考察を重ねました。東日本大震災後ということもあり、どの病院も災害マニュアルの見直しやBCP(事業継続計画)の作成、職員間の連絡手段の改善など、災害時に患者の命を守る備えに力を入れ始めていることが分かりました。一方で、精神科病院では、危険を認知できない患者の避難誘導や速やかな所在把握など、より難しい課題を抱えていることも浮き彫りになりました。
そして、前回の調査結果を踏まえながら、2023年より「精神科病院の特殊性に応じた災害対策の現状と課題に関する研究(科研費23K09886)」として、より内容の深化を目指した調査に取り組んでいます。松田先生は、「被災された病院の看護部長や看護師から寄せられた具体的なエピソードは誰しも経験できるものではないので、本当に貴重な資料となっています。この調査によって得た災害時の経験と対策をもとに、より考察を重ね、精神科病院における災害マニュアルの改訂や新たにBCPの練り直しを検討する際の基礎資料として活用できるよう、研究内容をさらに前進させていきたいです」と決意を表してくれました。


精神科病院の特殊性に応じた災害時対策に関する研究(科研費15K20674)研究成果報告より引用(2019)

精神症状へのトリアージに必要な判断指標を

松田先生が、精神科病院の災害対策について研究に取り組むモチベーションの根底にあるのは、看護師として勤務していた時に遭遇した火災、そして東日本大震災の被災経験です。
精神科の患者は認知機能に障害を持っているケースが多く、思わぬ困難に遭遇してパニックになったり危険を察知できないことがあります。精神障害をもつ方の多くは、ストレスへの耐性が弱く、避難場所での生活が非常に大きなストレスとなり、症状を悪化させてしまう原因にもなります。被災現場では、限られた資源(医療者、薬や設備など)の中で、できるだけ多くの被災者を救うために治療の優先順位を選別する災害医療“トリアージ”が行われていますが、松田先生は、身体的なトリアージを第一としながらも、外傷とは違って目には見えにくい精神症状的なトリアージの必要性も説いています。
そこで「精神科入院患者に対する精神症状へのトリアージに関する研究(科研費18K17434)」の調査として、2023年に、災害時の精神的な症状に対するトリアージの現状について調査し、学会〔第25回日本災害看護学会(2023)〕にて成果発表しました。調査は、阪神淡路大震災以降に大災害があった地域を中心とした精神科病院262施設の看護管理職者へ自由記述式の質問紙調査を行いました。主な調査項目として、「被災経験の有無・被災の内容・現在取り組んでいる精神症状トリアージ対応(マニュアル等)の現状・今後、精神症状トリアージとして優先すべきだと考える項目とその理由」を設定。その調査結果から、被災経験の有無に関わらず災害時に精神症状のトリアージ対応を実施している施設がないということがわかりました。同時に、自傷他害や興奮、暴力、無断離院いった優先して対応すべきだと考える精神症状に関する詳細な情報を得ることもできました。これらをもとに、看護師が精神症状へのトリアージを行う際に必要となる判断項目についてさらに研究をすすめ、指標となる基盤を明らかにしたいと考えています。
「私の中で、医療従事者の被災経験者であり、災害から得た教訓を決して風化させてはいけないという思いが強くあり、能登半島地震を報じるニュースを見て、より一層その思いを強めました」と、内に秘める強い使命感も教えてくれました。