看護学・リハビリテーション学研究

看護学・リハビリテーション学研究からのアプローチ

超高齢社会で視能訓練士が担う ロービジョンリハビリテーションとは

小野 峰子  教授
医療福祉学部 リハビリテーション学科 視覚機能学専攻
小野 峰子 教授


「視能訓練士」という職業があります。主に眼科などで視機能のさまざまな検査を行う医療技術者です。しかし、視能訓練士の仕事は検査だけではありません。人生100年時代が謳われる今、視機能が低下した方への「ロービジョンリハビリテーション」の重要性が高まっています。視能訓練士に求められる役割と、ロービジョンケアを取り巻く環境について、リハビリテーション学科視覚機能学専攻の小野峰子先生に伺いました。

視覚に障害がある人の生活を サポートする視能訓練士

視能訓練士は、1971年に制定された「視能訓練士法」に基づく国家資格を持ったスペシャリストです。業務は「視能検査」「健診・検診」「視能矯正」「ロービジョンリハビリテーション」の四つに大きく分類されます。
「一つ目の視能検査は、視力検査や眼圧検査、視野検査、屈折検査、眼底検査など眼科で行う一般検査です。医師の診断や治療に必要な検査データを提供して、眼科医療をサポートします。二つ目の健診・検診は、3歳児健康診査や中高年者の検診での視覚検査です。三つ目の視能矯正は、両眼視機能や眼球運動の検査、斜視・弱視の人への視能訓練を行います。視機能は発達するものですが生まれた時の視力は0.02で、一般に6歳くらいまでの間に1.0まで発達するといわれています。ところが、成長の過程で目の位置がズレたり、遠視が強かったりして見えにくい状態になることがあり、視能矯正はそういう子どもたちの視力向上や両眼視機能が正常に発達することを目的とした訓練です。四つ目のロービジョンリハビリテーションは、メガネやコンタクトレンズを使用しても視機能が低下した状態のロービジョン者に、拡大鏡や拡大読書器、遮光眼鏡など光学的視覚補助具の使い方を指導し、日常生活が送れるようにアドバイスを行います。



モニタに文字や絵を大きく写し出し、新聞や本などが読める「拡大読書器」。「読んだり見たりするだけでなく、例えば爪を切る時や針に糸を通す時にも便利なんですよ」と小野先生。




眩しさを軽減させたり、コントラストの改善を目的に装用する「遮光眼鏡」。様々な色のレンズがあり、視能訓練士の指導のもと用途に応じて試しながら選びます。

視能訓練士の現状とロービジョンケアの課題

現在、日本における眼科医の数は13,639名、視能訓練士は10,130名(『令和5年版 厚生労働白書』より)。眼科医1名につき2〜3名の視能訓練士が必要といわれており、まだまだ不足している状況です。
「視能訓練士は医療の国家資格の中でも特に認知度が低く、業務の内容もあまり知られていません。これは、眼科という専門性の高い分野での職種であるということ、眼の検査というと視力検査くらいしか知られておらず、特にロービジョンリハビリテーションや斜視・弱視の訓練を担っている視能訓練士が少ないことも知名度の低さの要因の一つだと思うのです」と小野先生は指摘します。
ロービジョンとは「見えにくい人」を指します。しかし、「見えにくさ」は様々で、視力が低いこと以外にも、視野が欠けている、眩しさを感じる、暗い所で見えにくい…など、その症状は人によって異なるそうです。
「ロービジョンの人は、通常のメガネでは十分にものを見ることができない場合が多いため、補助具の使用をお勧めしています。しかし、ただ紹介するだけでなく、その人に合う補助具を選び、見え方を補う様々な工夫をアドバイスし、正しく使っていただき、自立した豊かな生活が送れるよう患者様とコミュニケーションを取りながら指導を行うことが必要です。そのためロービジョンリハビリテーションは非常に時間がかかり、患者様1人に約1時間を要します」。ロービジョンケアを行う視能訓練士の業務は多岐にわたり、検査技士だけでなくリハビリテーションの側面をもっとアピールしていく必要があると強調します。



「リハビリテーションを受け、見えにくくてもできることがあるという喜びを知ってほしいです」と小野先生。

超高齢社会を生きる ロービジョン者のQOL向上のために

日本では、視覚障害の原因疾患の第1位は緑内障、第2位が網膜色素変性症、第3位が糖尿病網膜症と言われています。
「緑内障は自覚症状がなく、見えにくさを感じた時にはかなり進行している可能性があります。いかに早期発見、早期治療できるかが視野を守るカギとなります。加齢により有病率が高くなるので超高齢社会の日本には深刻な問題です」。
ロービジョンリハビリテーションの目的は、見え方の改善だけでなく、ロービジョン者のQOL(生活の質)の向上にあります。「65歳以上の高齢者がロービジョン者の7割を占めている」ということから、ロービジョンリハビリテーションの重要性は高まる一方と言えます。そのため、福祉分野の専門家とも連携し包括的なケアが必要です。現在小野先生は、ロービジョンケアのためのシステム開発の研究に取り組んでいます。
「視機能の評価方法などに関する研究です。地域包括支援センターのケアマネージャーさん方の協力をいただき、高齢者施設などでスクリーニング検査を実施します。要介護や要支援の人に比べ、ロービジョン者は見つけられないことが多いのです。そういう視覚障害の可能性がある人たちをスクリーニングによって把握し、日常生活活動や日常視機能の各項目に段階ごとに評点をつけ、個人が毎日生活を送る上で必要な支援を判断します。これにより、必要に応じて眼科受診をお勧めしてリハビリテーションにつなげることができるのです。高齢だから見えなくなるのは仕方ないと諦めている方に希望を持ってほしいですね」。



小野先生の研究テーマは主に視能訓練士の視点でのローリハビリテーションに関すること。

先進医療や先端技術の分野も 関わるロービジョンケア

「2020年、iPS細胞からつくられた網膜組織を網膜色素変性症患者に移植する臨床研究が国に承認され、話題を集めました。網膜色素変性症は進行すると失明に至る病気で、その治療の前進が期待されます。しかし、治療を行えたとしても完全に回復するというわけではないので、並行してリハビリテーションは必要になります」。
現在、視覚障害者を取り巻く環境は、医療や福祉の分野だけでなく、情報工学の分野との連携も欠かせないものとなっています。
「AI技術が様々な分野で活用されていますが、視覚障害者向けの自律型誘導ロボットとしてAIスーツケースが開発されました。顔画像認識用のカメラや音声スピーカーなどが用いられ、障害物や周囲の人の動きを認識し、盲導犬のように誘導してくれます。その他AIカメラは、眼鏡に装着して目の前の文章などを撮影すると音声で読み上げてくれます。今後実装化が進めば、ロービジョンケアにおいて大きな進歩となりますね」と小野先生。また、スマートフォンの中には視覚支援機能が標準搭載されているものもあり、視覚に障害のある人もない人も有効活用することでコミュニケーションが取れることもアピールします。
小野先生はNPO法人アイサポート仙台(仙台市視覚障害者支援センター)の理事長も務め、センターでは視覚障害者の相談事業、視覚リハビリテーション、就労支援等、視覚障害者の社会参加に関する支援事業を行っています。超高齢社会の今、視能訓練士をはじめ、歩行訓練士や相談支援専門員など、様々な専門職の人たちがどのように連携し、視覚障害者の生活の質の向上につなげていくのか。これからのロービジョンケアに必要な視点を提示します。



色覚異常を持った人が実際にはどのように見えているのかを体験できるスマートフォンアプリもあります。