看護学・リハビリテーション学研究

看護学・リハビリテーション学研究からのアプローチ

病気になっても「私らしく生きたい」 その思いを看護の現場で支えるために

鈴木 敦子 准教授
医療福祉学部 看護学科
鈴木 敦子 准教授



日本の最新のがん統計では、生涯に、9人に1人が「乳がん」に罹患すると言われています。しかし医療の進歩によって「乳がん」は、生活や仕事と治療を両立しながら、完治を目指す病気となっています。看護学科の鈴木敦子先生は、化学療法を受ける乳がんの患者さんが就労を継続し、「その人らしく生き抜くために、どんな看護やサポートが必要なのか」について様々な視点から研究を続けています。

臨床での経験から患者の「就労」を研究テーマに

「乳がん患者さんの就労について研究するようになったのは、臨床での経験が非常に大きかったと思います。緩和ケア病床の患者さんやそのご家族との関わりを通して『自分らしく、自分たちらしく生き抜く』というのはどういうことなのか? それを叶えるために、看護職として私たちに何ができるのかを深く考えさせられたことが大きなきっかけでした」と話す鈴木先生。患者さんが緩和ケア病床への入院に至るまでに、どんなふうに治療や生活と向き合ってきたのかを聞く機会も多かったことから、「仕事をどんなふうに調整しながら治療に臨み、生活を営んでいるのか」というところに強い関心を持ち、研究の主眼としたそうです。
がんの治療は長期間にわたることが少なくありません。不安や辛さを抱えながら、仕事や生活を続けることは容易ではありません。「もちろん治療はしっかりやらなければいけませんが、生活のためにも、自分らしく生きるためにも仕事も続けたいと考える方は多いですね。そのために必要となるのは、病気を知って、治療を知ること。そして、どう自分の体と心と生活を守っていくかを考えることがとても大事なポイントだと思います」。

多様性時代、大切なのは「私はどう生きたいか」

「がん」は高齢者がかかる病気というイメージがあるかもしれません。しかし、実際には「乳がん」は30代後半から罹患率が上昇していき、がんの中でも罹患率の高い病気です。
「30代から60代にかけては、職場でも重要な仕事を任されていたり、家庭でも母や妻として大事な役割を担う時期です。多様な役割を担いながら、いかに自分らしい生き方、キャリアというものを続けていくか。そこにはものすごく知恵が必要なのではないかと考えています」と鈴木先生。
さらに、身近にがん患者さんと接する機会のない人々は、がんに対して「がんにかかったらもう治らない」「がんになったら仕事を辞めなければいけない」というイメージを抱きがちです。家族や職場など周囲の人々も、がんという病を持ちながら生活している方に対しての接し方がわからないために起きる問題もあり、それらが治療しながら働くということを困難にする要因にもなっていると言います。
「女性活躍推進法や育児・介護休業法など、働く女性というのは非常に増えている状況です。最近よく言われるダイバーシティなど、今、女性の生き方はとても多様性が高い時代だと思います。女性がどう生きたいか、病気になってもどう生きるか。その思いを支えていけるような看護を考えていきたいなと思っています」と研究への思いを語る鈴木先生。



「看護師は患者さんの体と心と社会、『自分らしく生きることとは?』といったスピリチュアルな部分も含め、患者さんを全人的に捉えて支援できる職業だと思います」と話す鈴木先生。

注目したのは患者自身のセルフケア能力

研究を進めるにあたり、鈴木先生は化学療法をした乳がん患者の方々へのインタビューを行いました。
「話を聞いていく中で私が着目したのは、患者さんのセルフケア能力です。セルフケア能力というのは、例えば化学療法を受ける方がその治療に対する副作用を予防したり、副作用をできるだけ少なくするような対処行動をとることだったり、仕事や家庭での役割をどのように調整していけば上手く生活が営めるか、休職が必要な時期に職場にどういうことをお願いすれば良いかなどを考えて行動すること、そういうことすべてがセルフケア能力です」と鈴木先生。
セルフケア能力の違いは人によっても出ますが、時期によっても差が出ると言います。
「治療開始前は、治療方法や副作用などいろいろ説明をされていても、現実的にどんな治療であるのか、どんな症状が出るのか、予測できないところがあります。事前に説明していくことは大事ですが、実際に治療を開始してどういう症状が出るのかは、人によっても治療経過によっても変わってくるので、やはり患者さんに聞きながら、それに合わせ、どう対処していくかということが大事です」。生活している環境やサポートしてくれる人の有無、仕事の内容など環境的な要因も、患者のセルフケア能力に影響を与えると言います。

治療や副作用を知り、自分を知ることが重要

治療が進むにつれ、セルフケア能力の高い人は、次第に予測ができるようになり、仕事や生活にも少し余裕を持って向き合うことができるようになります。
「治療の経過だったり、自分の副作用の出方などが予測できるようになり、『自分はここまでは頑張れるけどここからは頑張れない』というバロメーターがわかってくると、うまく調整ができるようになります。治療と仕事を両立できる方はそういう力が高いですね」。さらに鈴木先生は、セルフケア能力の高い人は「調整の仕方」も非常に上手と言います。例えば、近しい人にはきちんと自分の病気や治療についてきちんと伝えますが、一方で、他の人たちには「ちょっと体がポンコツになっちゃったのでお休みします」など、余計な心配をかけないように配慮しながら休むことを伝えるなど表現の仕方を工夫していると言います。
「周りの力を活かしながら生活していくっていうのは非常に重要です。それは治療や副作用のことが分かっていないと伝えられないし、何より自分がどうしたいのか、仕事を続けたいのか休みたいのか、仕事量を減らしながらやりたいのかによっても違います。自分のことを、治療も生活も含めて知っているからこそ、しっかり周りに伝えられるのです」と鈴木先生。



鈴木先生が発表した博士論文「乳がん化学療法を受ける患者の就労継続にかかわるセルフケア能力を把握する質問紙の開発と活用ガイドの作成」。

患者のセルフケア能力を引き出すツールも開発

「実際に患者さんをインタビューして、セルフケア能力について注目してきましたが、それをたくさんの患者さんへのサポートに活かすために、現場の看護師さんの『患者さんはこういう力があるんだ』『こういう力を伸ばせばもう少しうまく調整できるのではないか』という気づきやアセスメントにつながるような質問紙の開発にも携わりました」。この質問紙を患者さんに答えてもらい、それを看護師も一緒に確認することで、患者が必要としているケアやサポート、アドバイスは何かなどを看護師が考える際の材料にしたいと、鈴木先生は考えています。
「患者さんのインタビューは化学療法を終了した方に伺ったので、今後は治療のプロセスを意識しながらさらにデータを集めていって、看護師さんたちの意見も伺い、現場の看護師の皆さんが質問紙を実践で活用できるようにブラッシュアップしていくというのが今後の研究のテーマであり構想にはなっていますね」。

研究成果を学生への教育や社会貢献にも活かす

「研究を通して、自分が『女性が自分らしく生きるってどういうことなのかな』ということに関心が高いんだなと改めて実感しました。これまでは乳がんの患者さんについて研究してきましたが、他の婦人科がんや10代後半から30代前半くらいの若い世代でがんに罹患された方たち、さらに月経随伴症状で毎月症状を抱えながら働いている女性たちの支援にも関われたらなと考えています」と話す鈴木先生。教員として、研究で得た研究の成果は学生への教育にも生かす他、社会貢献として一般の方々に向けた講演で伝えたり、患者会や患者さん同士が支え合うピアサポートなどの会でのサポートにも活かしています。
さらに、将来、看護師など医療の現場に携わりたいと思う方々に向けてこんなメッセージを寄せてくださいました。
「私が小学生の頃に父が大病を患いました。そこから少しずつ自分の体調を調整しながら仕事を続けてきたのを間近に見てきました。今回の研究で乳がん患者さんと接する中で当時の記憶が浮かんできて、『病に囚われる人生だけではなく、人生の中に病を取り込んでいく人生もある』ということを実感しました。若い人たちは豊かな感性を持っているので、いろんなことを体験して、その中で感じ、考えることを大事にしてほしい。それが看護をしていく上で、患者さん一人ひとりの大事な思いに気づく力になるし、的確なサポートにつがなると思います」。