看護学・リハビリテーション学研究

看護学・リハビリテーション学研究からのアプローチ

言語聴覚士の最大のテーマは コミュニケーション・サイエンス

阿部 千佳 助教
医療福祉学部 リハビリテーション学科 言語聴覚学専攻
阿部 千佳 助教




多くの人は幼い頃から少しずつ話せるようになり、会話でコミュニケーションをするようになり、「話せる」ことが当たり前のことと感じています。しかし、ある日突然、病気やケガなどで喉(のど)が障害されると、それまで「当たり前」だったコミュニケーション方法の1つ、声が失われ、QOL(生活の質)に大きな影響を与えることになります。阿部千佳先生は、そうした音声障害を抱える患者様の音声をサイエンスの視点で分析し、患者様それぞれに合った音声治療に有効な指標を探る研究に取り組んでいます。

研究のポイントは最適な情報を引き出す力

「音声障害の診断は耳鼻咽喉科の医師が行いますが、喉頭視診と問診、聴覚心理的評価で7割の診断がつくと言われています。音声障害の評価方法はいくつかあり、客観的な指標、主観的な指標を使いますが、私は主観的評価法の『聴覚心理的評価』と客観的評価法の『音響分析』について、この2つ相関性について調べています」と話す阿部先生。
聴覚心理評価は人が耳で聞き、評価するもので、日本で開発されたGRBAS尺度やアメリカで開発されたCAPE-Vなどの手法があります。人の声には様々な特徴がありますが、聴覚的な声の特徴を分析した結果、ガラガラした声、カサカサした声、力がない声、力んでいる声という4つに分類しました。それらを分析し嗄声度(かすれた声の度合い)を評価します。
「検査は『あ』とか『い』など母音を使って評価することが多いのですが、日常の会話は『おはようございます』など単語や文章を使います。そこでアメリカの研究者からの提言によって、母音だけでなく、特徴のある短文や会話音声を分析に加えたCAPE-Vという評価法が開発されました。この日本語バージョンを作る際に、私も標準化作業に参加させていただきました」と阿部先生。


発声障害は、喉頭視診と問診、聴覚心理的評価で7割の診断がつくといわれています。

見えない声を耳とコンピュータで評価

「声はすぐに消えてしまい、目で見ることはできません。そのような特徴のある声を、人間の耳で聞いて評価するのが聴覚心理的評価法です。また、さらにマイクで録音し、コンピュータのプログラムを使用して分析した結果を用いるのが、客観的評価法です」と阿部千佳先生。聴覚心理的評価方法は、母音や会話音声の嗄声の程度を簡便に評価できる方法ですが、熟練度が影響するといわれています。一方、録音した音声をコンピュータや分析ソフトで解析する客観的評価法を一緒に用いることで、嗄声の特徴をより正確に分析することができます。
客観的評価法にもいくつかの種類があります。一般的な方法ではピッチ同期分析という方法があります。「あ」などの母音を持続的に発声し、その録音された音声を音響分析プログラムによって様々な音響パラメータに数値化します。基本周期、振幅、ハーモニクスなど声の要素が性別、年齢の平均値とどの程度ずれているのかなどを検討します。ただ重度の気息声嗄声といわれる患者様の声は、ピッチ同期分析法で分析することはできませんでした。ピッチ同期分析法は、簡便で一般的な分析法ですが、一方で会話音声や重度嗄声を評価することができません。そこで、用いられる分析手法の1つにケプストラム分析があります。このケプストラム分析は地震の波形を言葉の波形に応用した分析方法で、変化の速い会話音声の分析にも対応が可能です。
「ケプストラム分析では声帯の音源特性と声道の共鳴特性に分離することで、会話音声の音響特徴をみることができます。この方法は、重度の嗄声の音声も分析できますし、音の変化が速い会話音声の音響パラメータも抽出できます」と阿部先生。ケプストラム分析は現在では世界で利用されており、日本でも活用されています。一般的な診療でも使用されるようになったのは、コンピュータの進化やデスクトップPCが入手しやすくなったこと、アプリやソフトを手軽にダウンロードできるようになったことが要因となっているのではないかと言われています。

会話音声を分析するケプストラム分析

「ケプストラム分析で音声を分析し、変換していくと、音声波形だけでなく数値としてパラメータが抽出できます。様々な音声を分析できることは、音声障害診療だけでなく、音声治療で患者様に、自分の声がどの程度改善しているのかなどを具体的に示しやすく、訓練のモチベーションにもつなげることができます」。
一方で音響分析機器自体を設置するスペースや高額であることなどの理由から、すべての病院・クリニックで使えるまでにはいたっていません。そこで阿部先生は、患者様や人の音声のサンプルを集め、日本人の声を分析し、その数値が聴覚心理的評価とどれだけ一致しているか、またその信頼性や妥当性を検討する研究にも取り組んでいます。
「買い物や食事に行った際などに、自分が思っているように声が届かないと不便を感じるかもしれませんし、それがストレスになるかもしれません。そうしたADL(日常生活動作=Activities of Daily Living)やQOLを守るのも言語聴覚士の大事な役割です。患者様の今の状態を正確に評価し、伝えることで『一生懸命頑張ったら、よくなってきた』とか『やっぱり無理をせず、マイクを使ったほうがいいのかも』など状況に合わせた判断がしやすくなります。そのために私たちは研究だけでなく、日常へ汎化させることも常に考えながら、患者様にあわせたオーダーメイドのセラピーを考えていくことも大切です」と阿部先生は話します。


「あれ、おかしいな?」と気づくことと保護者の背景を理解することが大事。

今年度は「構音」をテーマにした研究も

言語機能や聴覚、摂食・嚥下などのリハビリに関わる言語聴覚士ですが、英語で「Speech Language Hearing Therapist」といわれるように、Language(ランゲージ)の部分は脳機能による高度な行為とされており、脳科学を研究する言語聴覚士が多いといいます。
「MRIやCTによって言語に関する脳の画像はよく見えるようになりましたが、脳のここが障害されたからといって同じ失語症が出るというわけではありません。わからないことが多く、治療やリハビリにつながる視覚化ができるものがない状況です。一方でコンピュータや録音機器などを駆使することで難聴も音声も数値化が可能です。言語聴覚士の評価では、パソコンを使用しない検査も多いのですが、手探りで探っていくのではなく明確に数値としての指標が得られるというのは患者様にとっても言語聴覚士にとってもメリットが大きいと思います」と阿部先生。



模型を使って喉の構造を説明する阿部先生。

もっと言語聴覚士の奥深さを知ってほしい

コミュニケーションツールの「話す」ことを様々な角度から研究し、サポートする言語聴覚士ですが、一般にはあまり知られていないと阿部先生は話します。
「病院の中で患者様のプライバシーを守った状態で訓練するため、仕事の内容をあまり知られていないように思います。私たちは喉頭を専門とするので、嚥下障害も担当することがあります。それで『食べることのリハビリの人』と言われることも多いです」と阿部先生。実際、声と飲み込む、食べることは関係が深く、誤嚥性肺炎の予防のためには、呼吸のトレーニングや喉の筋肉を使うことが重要で、声を出して歌ったり、音読なども効果があるとされています。
「『食べる』ことは命に直結するのでもちろん重要ですが、実は『話せない、伝わらない』ことが原因で社会参加が上手くできなくなる方もいるようです。言語聴覚士の役割の根幹である『話す、聞く』を守ることは『食べる』ことと同じくらいQOLを確保するためにはとても大切です」。また、病気や怪我などの障害がなくても、年齢とともに声は変化していきます。「人生100年時代」を迎え、もっと声や「話す」ことに関心を持つ必要があるかもしれません。阿部先生は一般の方が声の変化に気づくきっかけとなるような新たな研究開発も進めています。
「医療だけでなく、リハビリテーションなどの情報が一本化し、予防や訓練にも対応できる、そんな仕組みが実現できればと今、頑張っています」。