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総合政策学部 総合政策学科

ケベックの学生たち―3年前の「メープルの春」

総合政策学部教授 飯笹佐代子


9月初旬の現在、昨年に引き続き、調査出張でモントリオールに滞在している。大学がホテルのすぐ近くにあるので、ちょうどこの時期、新学期の学生たちを観察することができる。日中、オリエンテーションで、新入生たちが「経営学」、「工学」などのプラカードを持った学生を先頭に列をなして通りを移動していく。夕方、同じ柄のTシャツを来た学生たちがグループで校門付近に待機している。サークルの勧誘活動だろうか。

そして夜、キャンパス内では大音響のなかで盛大な野外パーティが開かれ、美味しそうな肉を焼く匂いが漂ってくる。それが終わると、今度は学生たちが通りに繰り出しワイワイ、ガヤガヤ、大騒動が始まるのだ。こちらでも新入生への一気飲みの強要や、急性アルコール中毒が問題になっていると聞き、ちょっと心配になってくる。

真夜中の喧噪を聞きながら、3年前の「メープルの春」と称された(「アラブの春」に因んで命名)学生運動を思い出した。大学授業料の値上げに対して学生たちが立ち上がり、半年間もデモを続けて、ついに撤回を勝ち取ったという出来事である。デモの拠点は、ここモントリオールであった。2012年3月に滞在した際に、通りを埋め尽くして行進するデモ隊に遭遇し、若者たちの熱気に驚いたことが記憶に蘇ってくる。

カナダでは教育行政は州の管轄であり、大学の授業料も州ごとに異なっている。実は、ケベック州の授業料は他州に比べて格段に安い。2011年度は年間約2700カナダドル(当時のレートでおよそ22万円)で、これはもっとも高いオンタリオ州の4割以下である。その授業料を向こう5年間で毎年325カナダドル(同、およそ2万7千円)ずつ値上げする、というのが当時のケベック州政府の決定であった。5年後の値上げ完了時点の額でも、日本の国立大学の授業料に比べるとはるかに安い。

それでも学生たちが反対に立ち上がったのは、ケベック州では万人が高等教育を受ける機会をとりわけ重視してきた歴史があるからである。反対運動には、これを機に公共サービスの民営化が進むことを懸念した一般市民も加わっていった。さらに、州政府が、50人以上の集会やデモは8時間前に警察にルートを届け出なければならず、違反した団体には高額の罰金を科すという、非常事態法を成立させたことが市民の怒りを呼び、40万人規模の抗議行動へと発展していった。ニューヨークやパリでも、緊縮財政と学生ローンに苦しむ学生たちによる連帯のデモが行われた。そして同年9月、州議会選挙で政権交代した新首相が、値上げの撤回と非常事態法の廃案を公表するに至る。

これらについて、日本ではそれほど報道されなかったように思う。日本の学生たちがこの一連の出来事を知ったら、どのように感じるだろうか。