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総合政策学部 総合政策学科

テロについて語りうること

総合政策学部准教授 永澤雄治


過激派によるテロ事件は今に始まったことではないが、9.11以降、テロが国際政治を動かす一要因ともなっている。しかし国際政治学の領域で学問的にテロ組織を扱うことは難しい。テロ組織についての客観的情報は極めて限られており、学問的な分析対象にはなり得ないからである。従って大学の授業においても、テロを主題とすることは避けていた。客観的データが乏しく、実証も反証も困難な命題については沈黙する他ないという「科学的」態度を貫いていたのである。

しかし昨年11月にパリでテロ事件が起き、IS(「イスラム国」)が領域支配を継続している現状において、授業で扱わないのは逆に不誠実なのではないかと思い始めていた。というわけで昨年末の国際関係論の授業で、ISについて初めて正面から取り上げたのである。

地下活動を主とする従来のテロ組織とISが異なるのは、領域支配と「疑似国家」の運営という点にある。またネットを駆使したISの広報活動に呼応し、他のイスラム系過激派が連鎖的にテロを実行している。テロ組織間のグローバル・ネットワークが形成されている点も従来とは異なる。ISはイラク戦争後の混乱に乗じて誕生し、中東は米政府が淡くも期待していた「民主化のドミノ」とは対極の様相を見せている。

授業ではテロ事件の映像を見せ、ISについて説明し、米軍、ロシア軍等の対テロ空爆についても触れた。そして最後にパキスタンの11歳の少女の訴えを紹介した。イスラム過激派に支配された少女の村は米軍の無人機爆撃を受け、多くの住民が犠牲になった。野菜を摘んでいる最中に攻撃された少女の家族は祖母が亡くなり、少女と他の家族も怪我を負った。昨年秋に少女は訪米し無人機の爆撃被害を訴えたが、議会の聴聞会に出席した議員は5名だけだったという。 

授業では「この少女の村が被った暴力とテロ組織による暴力に違いはあるのか?」という問いについて受講生に考えてもらった。軍隊による武力行使は国内法の手続きに則り(加えて国連決議もなされていることが望ましいが)、一定の「正当性」が付与されている。しかし暴力の本質において、特にテロ組織とは無関係の犠牲者の視点において両者は区別されるのだろうか。受講生の中には、法的正当性だけでは不十分で空爆対象住民の同意も必要だと主張する学生も複数いた。このような問題について考えることが、同時代に生きる人間として必要な作業になると思うのである。