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総合政策学部 総合政策学科

駄目もと精神

総合政策学部准教授 増井 三千代


「まずい。水が流れない!」
2年ぶり3度目のオーストラリア研修引率にもかかわらず、こんな経験をするとは想像だにしなかった。これは、滞在先ホテルの洗面所で、真夜中に悪戦苦闘したときのお恥ずかしい話である。

3月のケアンズといえば、夜になっても気温が高く、バルコニーに干した洗濯物は、翌朝には完全に乾く。旅慣れた長期旅行者にとっては、非常にありがたい気候で、私もその恩恵にあやかるべく、着替えをあまり持って来なかった。そして、夜の時間を有効活用するため、寝る直前に毎晩洗濯をすることにした。

洗面台を軽く掃除した後、なんのためらいもなく排水口の栓を指で押し下げ、勢いよく水を貯めた。その日着用したTシャツや靴下などを手洗いし、泡だらけの水を流そうとしたときだ。排水栓を上げるレバーやボタンらしきものが、どこにも見当たらない。洗面台下の収納を開けて、ありとあらゆる部品をいじってみたものの、排水栓はびくりとも動かなかった。日本から持参したカッターを急いで取りに行き、排水栓の狭い隙間に刃を差し込んで栓を持ち上げようとしたが、これも全く役に立たず、むしろ刃の方が折れてしまった。

事態が進展しないまま、時刻は12時を回ろうとしていた。同僚はすでに寝ているだろうし、ホテルのスタッフは朝7時にならないと来ない。かといって、緊急電話をかけて助けを求めるのも気が引けた。そこで、インターネットで情報を探してみた。同じ経験をした旅行者の投稿を見つけたが、回答欄に書かれていたいずれの方法も当てはまらず、途方に暮れた。

そうこうしているうちに睡魔にも襲われ始め、もうあきらめようとした時だった。「押してだめなら引いてみる」という言葉をふと思い出した。どんなに上に引っ張り上げようとしても持ち上がらなかった排水栓を、駄目もとで少し下に押し下げてみた。

すると、排水栓が下がったことによって出来た隙間から、水が少しずつ流れ始めた。指先にもう少し力を込めたが、「これ以上押し下げたら、故障してホテルから賠償金を請求されるのでは」という心配が頭をよぎり、手を放すことにした。その瞬間、排水栓がポンと強い力で上部に押し上げられた。こうして、長時間格闘した洗面台の水は数秒で排水され、あっけなく問題は解決した。この排水栓はプッシュ式だったのである。

翌日、同僚にこの話をしたら笑い飛ばされたが、海外に行くとスマートに処理できないことが増えて、自分が無能だと感じることがよくある。初めて海外に来た学生たちなら、なおさらのことであろう。だが、苦労が多い海外こそ成長する絶好機である。大いに迷い、戸惑い、そこから多くのことを学んで欲しい。