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総合政策学部 総合政策学科

ゼミ生たちの一夏の冒険

総合政策学部准教授 立花顕一郎


前期の授業ももうすぐ終わりという7月中旬、私は3年生のゼミ生3人と一緒に近所のドーナツ屋さんに出かけた。いつも使っているゼミ室とは違って、明るい照明とドーナツの甘い香りが漂う店内はリラックスした雰囲気で、ゼミ生たちは半年後に始める就職活動についての作戦会議を始めた。しばらくの話し合いの後、A君がふと、「道の駅のようなところに店を出して経営してみたい」と言い出した。それを聞いて、私は以前読んだ『Green Neighborhood:米国ポートランドにみる環境先進都市のつくりかたとつかいかた』(吹田良平著、2010年、繊研新聞社))という本のことを思い出した。

その本によると、オレゴン州最大の都市ポートランドはアメリカ太平洋岸のワシントン州とカリフォルニア州との中間に位置し、「全米で最も環境に優しい都市」、「全米で最も美味しいレストランが集まる都市」、「ベストデザイン都市全米第5位」などに選出されて、最近、脚光を浴びているという。特に、1992年以来、ポートランド市内5か所で毎年3月から12月にかけて開かれているファーマーズ・マーケットは、今では年商600万ドル(約7億円)に達する一大イベントになっているそうだ。なかでも、最大規模のマーケットは、毎週土曜日にポートランド州立大学で開かれていて200を越す出展者とそれを目当ての客で大盛況らしい。これらのファーマーズ・マーケットを運営しているのがPFM(ポートランド・ファーマーズ・マーケット)である。

この本の内容をかいつまんで話してから、私は半ば冗談で、ポートランド州立大学にファーマーズ・マーケットを見学に行って、可能ならボランティアをやらせてもらってPFMからノウハウを学び、帰国後に我々の大学でもファーマーズ・マーケットを始めてみたら面白いのではないかとゼミ生たちにけしかけてみた。すると、思いがけない返事が返ってきた。3人揃って、「ぜひ行ってみたい、しかもこの夏休み中に」と言うのである。今まで、歴代のゼミ生に機会があるたびに海外でのチャレンジをけしかけてみたが、昨年までは、在学中に、しかも教員の助けなしに、海外に行ってみようというゼミ生は一人もいなかった。ところがである、今年はなぜか一挙に3人も夏休み中にアメリカに行ってみると言い出したのである。よし、それならば、出発前にサバイバル英語の特訓をやってやると私も大いに乗り気になった。彼ら3人のポートランドへの冒険の旅はこのようにして実現に向けて歩み始めた。

翌週のゼミでは、3人で英語のメールを作成し、PFMのホームページからボランティア募集コーナーを見つけて、そこにメールを送信した。さらに、飛行機とホテルの宿泊料金をネット上の旅行斡旋サイトで検索してみた。すると、8月は中旬まで料金が高いけれども最終週にはかなり値下がりすることが分かった。そして、数日後に、ついにPFMから返事が来る。マーケット・マネージャーのアンバーさんがシェマンスキー市場でインタビューに応じてくれるという願ってもない内容のメールだった。3人はこのメールに勇気づけられて、いよいよアメリカ行きの手続きを本格させることになった。しかし、それはその後に待ち受けている大小様々なトラブルの連続攻撃襲来へとつながっていくのであるが、この時点では3人はまだ知る由もなかった。

最初にやってきた大きなトラブルは、ESTAというアメリカの電子渡航認証システムへの手続きを忘れていたということだった。事前に必ずESTAを手続きしておくようにと私から何度も言われていたにもかかわらず、出国1週間前になっても手続きをしていなかったのである。彼らが私からこってりと叱られたのは言うまでもない。

その他にもトラブルを数え上げたらきりがないので全ては紹介できないが、最後にゼミ長であるC君のアメリカ冒険初日のエピソードを紹介させて欲しい。8月最後の日曜日に颯爽と成田空港に現れたC君を含む3人のゼミ生は、航空会社のチェック・イン・カウンターで予想もしなかったトラブルに見舞われた。なんと、C君の航空券に記載されている名前の英文表記がパスポート上のつづりと違っていたために、予定していた飛行機への搭乗が認められなかったのだ。そこで仕方なく、C君は当初予約していた航空券をキャンセルし、他の二人とは違う飛行機で5時間遅れて出発することになったのだ。つまり、彼は生まれて初めての海外旅行が一人旅となったのであり、しかもポートランド空港への到着が夜の10時半頃というとても心細い状況になってしまった。そのうえ、空港から宿泊予定のホテルまではバスと路面電車を乗り継いで1時間もかかるし、特訓した英語も実地で使うのは初めだったので、どれくらい通じるか不安だったのである。

C君は初日のこの大ピンチをどうやって乗り越えたのだろうか?実は、C君以外の2人は予定通りに夕方6時半頃にポートランド空港に到着し、バスと路面電車を乗り継いでホテルにチェックインした後、再び1時間をかけてポートランド空港に戻り、C君を出迎えたのであった。私はこの話を聞いた時にとても感心すると同時に嬉しくなった。彼らがアメリカ冒険の初日に得たものは、私の予想をはるかに超えていた。残念ながら、紙面が尽きたので、この話の続きは別の機会にお話しすることにしたい。