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総合政策学部 総合政策学科

『大学』

総合政策学部教授 文 慶喆


大学に入って間もない頃である。当時大学一年生の教養の一つには「大学国語」という必修科目があった。「大学国語」で使う教科書は、伝統のある規模の大きい韓国の大学ではその大学の出版会から出されたオリジナルの本を使っていた。内容は古典から近・現代の文学作品や国語では漢字併用論の正当性等が組まれていた。「漢字併用論」はこの大学が韓国の中心的存在だったので特に強調していた。

教科書には古典の一つとして『大学』の紹介があった。先生はこの『大学』を教えながら、大学生である皆さんは『大学』を理解し、読まないといけないことを言った。

この話を聞いて私は思わず笑ってしまった。なぜなら中国の四書の一つである『大学』と教育機関である「大学」は全く関係がないからである。勿論「大学」が学問をするところであり、学問を通じて人間形成をするところだとすれば、共通点がないわけでもない。しかし、私が笑ってしまった理由には『大学』に対する自分なりの優越感があったからである。私は不幸にも韓国の辺鄙な田舎で生まれた。小さい頃、周りには教育を受ける機関はなかった。そのため、取りあえず漢文を習うことにした。最初に習ったのが『千字文』だった。毎日漢字を筆で書きながら丸暗記するのである。この『千字文』を一か月位で全部覚えた。「天地玄黄」から始まる四字熟語を一日「九文」位覚えれば良かったので子供でも難しくはなかった。次に丁度『小学』に入ろうとした時に、小学校に入ることになった。しかし、期待をした小学校では漢文を全く教えてくれなかった。中途半端で漢文の勉強を止めた私は自分一人で漢文の勉強を続けるしかなかった。

このような事情で私は大学に入る前に『大学』を一読したのである。先生が授業で大学生だから読むべきだという『大学』は、昔なら小学校高学年の年齢でマスタする本であった。特に、韓国では科挙の試験を受ける為の最高のテキストであって、いまの大学で、大学生が勉強する本ではなかった。当時の科挙の受験生は、朱熹が注釈した『大学章句』を猛勉強していた。

『大学』の根本は自分の能力を啓発し、世の中の人を新しく変化させ、最終的には世の中を新しく作ることにある。その大要として「三綱領」、「八条目」がある。三綱領は、「明明德」、「親民」、「止於至善」である。明徳を明らかにする、「親民」は後で「新民」と訳して民を新しくする、至善に止まる、これが三綱領である。八条目は、「平天下」、•「治国」、「齊家」、「修身」、「正心」、「誠意」、「致知)」、「格物」である。これを小さいことからすると、物事が分かると(格物)知に至り(至知)、知に至ると誠実な心になり(誠意)、誠実な心になると、心が正しくなり(正心)、心が正しくなると体の修練になり(修身)、体の修練になると家をととのえ治めることでき(齊家)、家をととのえ治めることできると国を治めることができ(治国)、国を治めることができると天下を平定すること.ができるのである(平天下)。

この『大学』が日本にも大きな影響を与えたのは言うまでもなく、「明徳」の名や「修身」等からでも窺い知ることができる。特に「荻生徂徠」は十年間もひたすら『大学』だけを読み、独自の「古文辞学」の立場から朱熹の『大学注釈』批判した。その結果、自らの「徂徠学」の正しさを確立し、『大学解』という新しい注釈書を書いた。『大学』の著者は「曾子説」と「子思説」があるが、朱熹の『大学章句』のよって根幹を構築し、荻生徂徠の『大学解』によって新しい世界を開いたのである。