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総合政策学部 総合政策学科

新しい時代へ

2019.5.7
総合政策学部准教授 増井 三千代

 平成31年4月30日。

とうとう、平成最後の日を迎えた。

天皇の生前退位によって元号が変わるのは202年ぶりということもあり、日本中が祝賀ムードに沸いている。そんな歴史的な日を明日に控え、各テレビ局は朝からこぞって「平成」という時代を振り返る特集番組や各地の様子を伝えている。平成とはどんな時代だったのか。

 まず、大きな出来事として、多くの人が自然災害を挙げた。平成が始まって最初の10年間だけでも、3つの大災害が相次いで起きた。平成3年の長崎県雲仙・普賢岳噴火による火砕流、平成5年の北海道南西沖地震による大津波、そして平成7年の阪神・淡路大震災である。

いずれも多数の尊い命が一瞬で奪われた。

 被災地の惨状を目の当たりにするたびに、誰しもが災害に対する意識を高めたはずだ。しかし、時間の経過とともにその危機意識は薄れていくのが常であっただろう。だが、未曽有の被害をもたらした平成23年の東日本大震災は、あらゆる人たちに人命の重さを痛感させ、強烈な防災意識を植えつけた。あれから8年が経過して元号が変わるが、この震災で得た教訓は、次の時代にも語り継がなくてはならない。

 災害以外に、平成を象徴する言葉として「平和」を挙げる人も多かった。
確かに、日本はどこの国とも戦争をしなかった。だが、国外の情勢はどうだろう。この30年間で核やミサイルの脅威は年々高まり、テロとは無縁だと思われていた国や地域での大規模テロが頻発している。平成13年にアメリカ同時多発テロが起きるまで、テロは遠い国の話だと思っていたが、もはや国内や海外でテロに遭遇する可能性は否定できない。

 こんな風に他人事を身近にしたのは、インターネットの世界的な普及である。
この30年間、リアルなグローバル化と合わせて、IT技術は驚異的な発展を遂げた。瞬時に膨大な情報にアクセスできるだけではなく、世界中の人と手軽につながるツールにもなった。さらに、これまで発言する機会を奪われていた人たちが、世界に向けて自由に声を上げるようになった。その結果、世界は小さくなり、よそで起きていた現実はたまたま関わりがなかっただけで、実は自分と無関係ではないことに気づかされたのである。平成はこれまでの常識や価値観が壊される時代であったと言えるのかもしれない。

 いよいよ明日、新しい時代の幕が開ける。
「令和」という時代にも、きっと新たな技術や価値観が生まれ、様々な分野に変化や改革をもたらすであろう。そんな未来を楽しみにしつつ、後世の人たちから評価される時代になることを心から願う。